学生ブログ

APU学生が別府のインクルーシブな環境を目撃

読了時間: 4分

APUのある別府市は、日本における車いすバスケットボールの発祥の地であることをご存じでしたか?
7月16日、私は「べっぷアリーナ」(別府市総合体育館)で開催された「中村裕杯アジアドリームカップ2023」を観戦してきました。車いすバスケットボールの国際大会です。
学生にこの大会観戦を促すためにAPUがキャンパスからの無料バスを用意したため、私は2試合を楽しむことができました。

故 中村裕博士とパラスポーツ

この国際大会は、1961年に「第1回大分身体障害者大会」を開催して以来、パラスポーツや障がい者の育成・受入れに取り組んできた別府市出身の医師、中村裕(ゆたか)博士の功績を称えて開催されました。
中村博士は、1964年には東京パラリンピック、1981年には日本初の大分国際車いすマラソンの開催に尽力しています。車いすマラソンは現在でも大分県民にとって一大イベントであり、世界最大規模の大会となっています。中村博士は、東京パラリンピックを通して、障がいのある方が自立して社会とかかわることが重要だと感じました。

以下は博士の言葉です。
「これからは慈善にすがるのではなく、身障者が自立できる施設を作る必要がある」

東京パラリンピックの1年後、彼は別府市に「太陽の家」を創設し、障がい者の雇用をより自立的に促してしてきました。
(参照 太陽の家HP http://www.taiyonoie.or.jp/about/docter)

APU生にとって身近なものでは、亀川の「太陽の家」スーパーマーケット「Sun Store」に、中村博士の影響力を感じることができます。ここで働いておられる障がいのある方々や太陽の家を後押しするためにも、このスーパーマーケットを気軽に訪れてみてはどうでしょうか。

中村博士の遺志は、私が楽しんだ試合にも生きていました。私が観戦した試合は、「九州選抜対フィリピン」と、「タイ王国対チャイニーズ・タイペイ」でした。パラアスリートたちが、得点をいれるたびに、聴衆が歓声をあげ、彼らの洗練された技術を目の当たりにしました。チームが集まって熱心に戦略を立てているのを見ました。私は彼らの情熱を見て、チームやスポーツへの献身、そして相手チームに対するスポーツマンシップを感じました。

車いすバスケットを体験

また試合の隣のコートでは、車いすバスケットボールの体験イベントがありました。競技用車いすの基本的な使い方からバスケットボールをする上での使い方まで学べます。参加者の大半はお子さんや10代の若者で、皆さんとても興味を持っているようでした。この活動は、試合での選手たちの動きが、いかに高度な技術が必要なのかを体験から理解でき、とても良いイベントだと思いました。
ボールをドリブルしたり、正確な動きで車いすを操作したりと、車いすバスケには集中力が欠かせません。ブロックやアシストなどのテクニックも教えてくれました。しかも参加者には試合で優勝したチームのように、メダルが与えられました。

実は私にとって、今回が初めてのパラアスリート競技観戦ではありません。ジャカルタで開催された「インドネシア2018アジアパラ競技大会」を観戦したことがあります。それは大画面のある開会式や花火が行われるほど大規模なもので、試合も同じくらい刺激的だったため、今回の中村裕杯アジア・ドリームカップ2023を見て、その時のことを思い出しました。

べっぷアリーナの観客は、九州チームの応援に特に熱が入っていたように思います。またパラアスリートたちは、肩を寄せ合い互いのモチベーションをよく高め合っていました。それに私は、開催地である別府市がパラアスリートや障がいのある人たちをサポートする意思を強く感じながら、会場を後にしました。

終わりに、障がいをもつ方が高い能力と情熱を持った人々として社会参加し、認知されるための、中村裕博士の多大な努力を、私はこの大会から感じました。誰もが社会に受け入れられ、それが受け継がれていくことの重要性を再認識したのです。

ZERA AMARI
ZERA AMARI

みなさん、こんにちは!私はインドネシア出身のゼラ(Zera)です。今、アジア太平洋学部(APS)の1回生で、文化・社会・メディア専攻(CSM)です。まだAPU学生としては初心者なので、さらにいろんなことを経験して、新しい友達を作るぞ!と意気込んでいます。もちろん、それを皆さんにシェアしていきますね!




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