2018年度 科学研究費助成事業による研究 No.3

研究課題:女真大字と契丹大字の比較研究に基づく文献解読の新展開

研究代表者:吉本智慧子

研究内容

本研究では、2010年以降の新発見資料の増加を踏まえて、新出9件を含めた契丹大字墓詩19件の包括的解読研究を行い、ついで、契丹大字を多く字源とする女真大字の解読を進めます。確定的な解読がなしえなかった西安碑林発見『女直字書』中の432時の解読研究を重点的に行います。これらを踏まえ、女真大字と契丹大字の関係についての包括的な再検討を試み、またすでに見通されている女真大字の製字原則に関する知見の再検討も試みます。女真大字・契丹大字に関する最新の情報を獲得すべく、中国・ロシア連邦・モンゴル国などで随時資料収集を行います。

本研究は、以下の三段階から構成されます。

(1) 新出9件を含めた契丹大字墓誌19件の包括的研究
(2) 契丹大字資料の充実を踏まえた女真大字の解読・研究
(3) これらの成果を踏まえた契丹大字・女真大字の関係の再検討

研究動機

契丹大字・女真大字の歴史言語学的研究を進めている中で、契丹大字については、大量の単語を解読することで文字の発音・意味を解明し、契丹人が漢語を手本としつつ漢語とまったく異なる契丹語を音写した具体的なあり方を明らかにし、その成果を前提に、女真大字の字源および製作方法を探究しました。女真大字は漢字・契丹大字から生まれましたが、字形が完全に一致するものは意外にも少なく、ほとんどは加筆・減筆・変形などの方式で漢字・契丹大字を改造したものです。また字源解明の過程で、女真大字の字源は漢字より契丹大字の方がずっと多いことが解明されました。

1973年に西安碑林で発見された『女直字書』の包括的研究で、発見の経緯・文字の同定・年代の推定・一部の解読行い、『女直字書』が27門類から構成されること、使用された字数が1136字であることを確定した上で、713字の解読を達成しました。残りの423字については未解読でしたが、2010年代に入り、契丹大字墓誌の出土が相次ぎ、墨書の解読により資料も増加し、契丹大字墓誌の包括的解読、その過程で獲得された契丹大字新資料を活用した『女直字書』未解読文を含む女真大字解読、さらに契丹大字・女真大字の関係についての知見のさらなる充実といった具体的な研究を進めうる条件が整ったという背景があります。

研究の特色と意義

今回の研究において、とくに女真大字と契丹大字の比較に基づく解読研究の方法を再検討することにより、東ユーラシアの民族文字に研究が個別的に進められてきた、あるいは契丹大字に顕著にみられたように、まったく停滞していた従来の歴史言語学研究一般に、画期的な参照系を提供するものとなるでしょう。また単に言語学の分野のみならず、「漢字文化圏」として東ユーラシアを把握してきた無意識的な漢族中心史観を否定するものとなりえるし、10世紀以降のアルタイ系諸民族が決して「北族」として均質視できるものではなく、それぞれの独自性を保持していたことを示すものとなります。このような学問的知見を蓄積することが、迂遠ではあるがナショナリズムの角逐に苦しむ今日の東ユーラシアに対峙するための着実な認識の礎石となることを確信しています。


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