2017年度 科学研究費助成事業による研究 No.4

研究課題:旧ベトナム共和国のベトナム語・1975年を境とする連続と非連続

研究代表者:田原 洋樹

研究内容

旧北ベトナムやベトナム統一直後のベトナム社会主義共和国では大量の旧ソ連・東欧留学組エリートがベトナムの国家建設と運営に携わり、ロシア語(学生生活に関する語彙、社会システムについての語彙など)もベトナムに持ち帰りました。
しかし、1970年代で当然のように使用されたロシア語由来の語彙は、今日のベトナム社会でほとんど使用されませんし、ベトナム国内外で刊行されている国語辞典などをみても、見出し語にすら残っていません。また、1975 年以前のベトナム共和国(旧南ベトナム)時代には日常言語生活で用いられていたフランス語起源の語彙(bôm←pomme、Anglê←anglais など)は90 年代初頭まで使われていたものの、現在は全く使用されないし、若者には通じません。
このような、変容の速度と多様化に言語観察や記述が追いついていない現状を踏まえ、私は1975年以前の旧南ベトナムのベトナム語を保存し、現在も使用しているアメリカ・カリフォルニア州(オレンジ郡にある『リトルサイゴン』など)のベトナム系住民の言語動態を観察することとし、これまで特に語彙レベルでの急速な変容を研究しました。

研究動機

ベトナム語学に関する研究は飛躍的な進展を遂げましたが、実際にベトナム人がどのように言語生活を営んできたか、社会システムの変化に合わせて言語がいかに変容してきたかという問題は取り残されていました。旧南ベトナムにおける正書法に関する記述が、わずか40 年前の出来事なのに、ほとんど入手できず、語法や文法については研究者が関心をよせず、一般市民が懐かしさの気持ちからSNSを使って情報交換しあっています。
文芸作品、歌謡曲の中にもかつてのベトナム語の姿を見ることができます。70歳代後半の作家、作曲家、宗教人たちがこだわり続ける「失われた国の言語」を記述するラストチャンスという危機感があります。私は、政治的に中立でいられる外国人ですから、この研究に『対立』や『衝突』を持ち込まず、あえて淡々と記述していきたいですね。

研究の特色と意義

ベトナムは市場経済を取り入れていますが、一党支配が続く国です。また、在外ベトナム人の研究者は複雑な政治的な生い立ちを持ち、それが研究生活にも反映されています。つまり国という枠組にこだわる限り、この言語の時空間変異を客観的に観察し、記述することは難しいと思うのです。私は、国内・在外双方で中庸な立ち位置にいる外国人専門家として、『国』なしの言語研究を推進することができます。
このような研究は、これから体制転換や民主化を迎えるかもしれない近隣諸国の言語変容観察や記述にも学術的示唆を与えることができると考えています。


ページトップへ戻る