立命館アジア太平洋大学

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学長ノート

自分の頭で考える子どもを育てよう

2018/9/3

出典:出口治明『教職研修』(教育開発研究所、2018年6月号)

〔編集部〕文科省が旗を振って進められている学校の「働き方改革」や学習指導要領改訂。学校教育の大改革ですが、さらに大きな視点=日本社会全体の来し方行く末から見たとき、「働き方改革」や教育のあり方を改めてどのようにとらえればよいのでしょうか。豊富なビジネス経験と読書量・人脈をもとに多くの教養書やビジネス書を刊行、ビジネスパーソンから絶大な支持を得ている立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏に、お話をうかがいました。

「働き方改革」/リーダー論

●なぜ「働き方改革」が必要なのか?
――日本社会全体で「働き方改革」が叫ばれていますが、そもそもなぜ日本では、長時間労働になってしまったのでしょうか。
 戦後の日本社会を引っ張ってきた製造業の工場モデルでは、製品をできるだけ多く生産することが求められます。そのために、工場の機械もできるだけ長く稼働させたい。そこで、体力もあって力の強い男性が長時間労働に従事することが求められたのです。だから男性は、職場で長時間働き、家では「メシ・風呂・寝る」で済んでいた。
 ところが今や、日本のGDPに占める製造業のウエイトは4分の1を割り込んでいます。かわりにウエイトが増しているのはサービス業ですが、こちらはアイデア勝負ですから、長時間労働では頭が疲れて持ちません。長時間働いても、それに見合ってアイデアがたくさん浮かぶわけではありませんからね。
 そもそも長時間労働で生産性があがったなどという報告は見たことがありません。むしろ翌日の仕事の効率が下がるというデメリットの方がはるかに大きいはずです。
 論理的に考えれば当然こんな結論になるはずですが、いまだに日本では長時間労働が続いています。それは、今の日本のあらゆる組織の経営陣、50~70代の男性が、「長時間労働をして今の地位を手に入れた」という成功体験を持っているからです。
 これを是正するのは容易ではありません。人間が成功体験を捨て去るのは、おそらく不可能だからです。そのためには、ダイバーシティ(多様性)が大切で、多様な人材を経営陣に入れていくしかありません。
 そもそも男性だけで働いている職場では、多様なアイデアは浮かびません。多様な人材が働いていることが必要で、もはや「メシ・風呂・寝る」では経済が成り立たなくなったわけです。
 ですから僕は、これからは、「人・本・旅」が必要だと思っています。早く帰宅し、たくさんの人に会い、たくさん本を読み、いろいろな現場に出かけて体験を積み重ねることで、人は情報を蓄積し頭が刺激されるのです。そこから新しいアイデアが生まれ、生産性が上がるのです。ようやく政府もそのことを認識し、長時間労働是正に動き出していますね。

●「生産性」とは、「成長すること」
――「生産性」とは、具体的にはどのようなことなのでしょうか。
 「生産性」とは実は非常に簡単で、要は短い時間でパフォーマンスを上げることです。すなわち「成長すること」です。
 たとえば、職場に新人が来たら、先輩が仕事を教えますね。新人は、最初はその仕事を終えるのに5時間かかる。でもその新人が自分で工夫して仕事に取り組んでみて、その結果、4時間で終えた――先輩は「キミは成長したね」と評価するわけです。
 「生産性」を上げるには、このように「自分で考える」以外に解はありません。先輩に言われたとおりにやっているだけでは、永遠に5時間かかるだけ。自分で考えて、成長する、これが「生産性」を上げるということです。
 そもそも日本では、人手が足りないのだから、労働時間を減らして生産性を上げていくしかないのです。僕は若い人に、「これから先の時代は、いくら上司とケンカしても大丈夫」と言っています。組織としては辞められたら困るのだから、上司の方から「なんでも言うことを聞くから働いてください」と言われるくらいの時代になるということです。

●多様だから、意思決定が早くなる
――多様な人材が組織に入ると、いろいろ決定しづらくなるのではないでしょうか。
 それは勘違いですよ。日本企業とグローバル企業を比べれば、すぐにわかるでしょう。お互いをよく知っている同質的な人が集まる日本の組織よりも、多様な人が集まるグローバルな組織の方が、段違いに意思決定が早いですよね。
 なぜかというと、バックボーンが異なる多様な人が集う場では、否が応でも「数字・ファクト・ロジック」で議論するしかないからです。ここからは合理的な結論しか導き出されません。日本人同士のツーカー的な話し合いでは、曖昧さが残り、忖度なども生まれて、合理的ですばやい意思決定はできないのです。
 また、多様な人がいる場でこそ、イノベーションが生まれます。同じ考え方の者同士では新しい発想が生まれないのは道理ですよね。

●リーダーの役割
――多くのご著書で論じておられますが、リーダーとは、どのような存在でしょうか。
 リーダー=上司は、その職場の労働条件の100%です。たとえどんなに給与がよかろうが、通勤に便利だろうが、上司がイヤだったら部下はそれだけで意欲を失います。それだけ上司の存在は大きいということです。
 リーダーの本質的な役割は、明確なビジョンを持ち、そのビジョンを自分の言葉で周囲に伝えて共感を得ることです。すなわちリーダーに必要なのは、①何がやりたいのかが明確であること、②目的を遂行するために必要な仲間を集められること、③目的達成に向けてチームをまとめ、困難なときでもみんなを引っ張っていく力があること――この三つの要素が必要です。みんなが喜んでついていくのでなければ、真のリーダーではありません。
 またリーダーの条件は、いつも元気で明るく楽しい表情をしていることです。『座右の書「貞観政要」』(KADOKAWA、2017年)という本に詳しく書きましたが、リーダーは元気で明るく楽しい職場をつくらなければなりません。部下が元気に働けなければ、お客さんに喜んでもらえるサービスなどできるわけがありません。
 学校の管理職の先生方には、まず、先生方が元気で明るく楽しく働ける職場をつくっていただくことが肝要だと思います。
 他方で僕は、実は人間の能力は、それほど高くはなく、大差はないと考えています。作家の小田実さんは「人間みなチョボチョボや」とおっしゃっていますが、まさにそのとおり。チョボチョボの自分にできることは限られているのだから、ほかの人に頼って任せる以外に、組織を強くする方法はありません。
 チョボチョボの人間には、持って生まれた器(能力)があります。「努力をすれば人の器は大きくなる」という発想は、実は根拠のない精神論に過ぎません。少しは大きくなるかもしれませんが、微増に過ぎない。
 それなら自分の器の容量を増やすにはどうすればいいか――器の中身を全部捨てることです。言い換えれば、自分の好みや価値観など、こだわっている部分をすべて消してしまうのです。頭の中をゼロの状態に戻すことができれば、器が大きくならなくても、新しい考え方を吸収し、自分を正しく律することができるのではないでしょうか。
 また、リーダーには、厳しいこと、都合の悪いことを言ってくれる人が必要です。どんなに耳が痛いことであっても、その苦言を受け入れる努力を怠らないようにしないと、リーダーは裸の王様となってしまい、自分の本当の姿が見えなくなってしまいます。
 リーダーは、相手を選ばずに人の話に耳を傾けるべきです。リーダーの大事な仕事の一つとして、事情がよくわからない緊急事態でも判断をしなければならないのですから、そのときのためにも情報はたくさんあった方がいいのです。
 好き嫌いで話を聞く相手を選んではいけません。ごますりが上手な部下の話ばかりを聞いたところで、上司に都合のいい話しか聞くことはできないのですから。相性の悪い人、嫌いな人、厳しいことを言う人の意見にこそ耳を傾け、それを正面から受け止める姿勢が求められているのです。
 自分の立ち位置を確認し、それに見合った振る舞いを演じ続けていれば、それはやがてその人の本性になります。必死に自分の理想のリーダー像を演じ続けることで、名実ともに理想のリーダーになることができるのです。

●自律的な部下をどう育てるか
――リーダーにとって、とくに近年は、自律的な部下の育成が課題となっています。
 考えさせることですよ。たとえば僕は、部下から相談を受けるときでも、論点が整理されていなければ突っ返します。上司にいちいち方向性を決めてもらっていたのでは、部下は自分の頭で考えず、いつまで経っても成長できません。もちろん、自分の頭で考えることは大変ですが、それを繰り返さなければ、考える力は絶対に伸びません。
 上司は「なんで? なんで? なんで?」としつこく聞き、徹底的に部下に自分の頭で考えるくせをつけさせる。部下が上司に相談するときは、最後に上司に参考意見を聞くくらいでちょうどよいのです。  そして上司は、ゴーサインを出したら、途中で口を出さないことが肝要です。口を出すと、部下は「困ったら教えてもらえる」と指示待ちになってしまいます。
 ぐっと我慢して、最後までやらせる。仕事の出来がとりあえず合格点の60点であればいいのです。そのうえで、課題を指摘し、改善策を指導するのです。
 部下の仕事にあれこれ口を出す上司は、せいぜい2~3人の部下しか見ることができません。つまり、そのような人は、永遠に組織の長にはなれないということです。

これからの教育

●教育の二つの目的
――ご著書では、「教育こそが日本再生の鍵となる」と言っておられますね。
 そうです。僕は教育の目的を、①自分の頭で考え、自分の言葉で自分が感じたことや自分の意見をはっきり表明できる力を育てること、②現実の社会で生きていくためのリテラシーを与えることと考えています。
 それぞれ説明しますと、まず①の自分の頭で考えること、これがなぜ必要なのかと言えば、将来何が起こるか、誰にも分からないからです。もし、将来起こることが、現在の延長線ならばこれまでどおりでいいのです。でも、そんなはずはないじゃないですか? だとすると、何かが起こったときに人は自分で考えるしかありません。
 だからこそ学校では、その「自分で考える力」を育てていただきたいのです。人間は、スポーツでも技術を習得するためには練習をするでしょう? 人間は不器用なのだから、練習しなければ力を高めることはできません。それは脳も例外ではないのです。
 どのようにして「自分で考える力」を育てるかというと、やはりマネがいいと思います。お手本となるような先人の優れた思考プロセスを、読書などで学び、追体験して、他の人と議論を重ねたりしながら脳に「考える」くせをつけさせていくことで、自分独自の考える力を身につけることができます。 ――おうかがいすると当たり前だと思われるのですが、なぜできていなかったのでしょうか。
 そもそも日本の戦後の政策は、アメリカへの「キャッチアップ」(追いつけ追い越せ)というグランドデザインに沿って進められてきました。だから企業もわざわざ「自社はどうしよう」などと考える必要もなく、政府(経産省)に指導されたことをしていればそれでよかったのです。
 だから企業も、「自分で考える力」を学生に求めませんでした。その結果、戦後の学校教育は、文句を言わず、みんなで協調して我慢強く働き続ける従順な人間を養成する仕組みとして完成されました。自分の頭でイチから考える力、自由に発想する力よりも、グループ全体の平均点をあげるために、そこそこの知識を詰め込みつつ、チームの和を乱さない従順さを養うことに重きを置いてきたのです。
 でもこれは、工場モデルに最適化された教育であって、今の日本にはそぐわないものです。これからはスティーブ・ジョブズのような人材が必要で、そうでないとアイデアが出てこない。
 本来なら、バブル崩壊後、キャッチアップの次のモデルを見つけていかなければならなかったのですが、何十年も自分の頭で考えてこなかったので、見つけられず、それが今の日本の低迷につながっているのだと思います。これから日本がどんな社会をめざすのかが全然見えてこない。
 だから、これからは、自ら考え、決断できる日本人を育てていかなければならないのです。これはもちろん日本という国のためでもありますが、なによりも個人のためです。今後日本がどのような状況になったとしても、自分で考え決断できるようになれば、自分の道を自分で切り開けるようになります。
 そのために必要なのは、「数字・ファクト・ロジック」で考えることです。「数字」はデータ、「ファクト」はデータに関連する事項や過去の事実、「ロジック」はそこから実証的な理論を組み立てることです。何事においてもまずは数字にあたり、ファクトをもとにロジックを組み立てることが大切なのです。

●社会を生きていくためのリテラシー
 次にリテラシーですが、これもごく当然のことです。とくに高校や大学は、社会人を育てるのですから、社会に出て困らないようにお金、社会保障、選挙など社会人になるとすぐにも直面する世の中のことを教えないといけませんよね。
 ここでも「数字・ファクト・ロジック」が必要です。フェイクニュースが蔓延する現代で、何が正しく自分がとるべき道なのかを判断するためには、「数字・ファクト・ロジック」で考えるしかありません。
 そしてこれこそが、民主主義の根幹を成す考え方なのです。民主主義とは、成熟した市民の存在を前提としています。この前提が成り立っていなければ、民主政治はすぐに衆愚政治に陥ってしまいます。民主国家に住む私たちは、常に学び、自分の頭で考えていかねばならないのです。

●日本の教育予算
 現状、わが国が教育に十分な予算を割いていないのは周知の事実です。教育の質を上げたいのであれば、もっと教育に予算を回して、先生方の待遇や労働環境を改善することを真剣に考えるべきです。
 でもそのためには、日本人一人ひとりが、まずは「教育は日本再生の鍵を握る」「学びは自らの働く力を下支えする」「教育制度が時代に即していないなら、自分から学びの方法を変えていこう」などと問題意識を持つことが、変化の第一歩となります。
 正直、文科省にしても、政治家や産業界との板挟みで、多くの選択肢はないのだろうと思います。だからこそ、学校現場で、子どもたちに自分の頭で考える力を育て、リテラシーを育てていただくしかありません。それが、世の中を変えていくのです。

読者へのメッセージ

●人生は99%失敗する
――ご著書の「失敗」論も興味深かったです。
 失敗は挽回できなくてもいい、という話ですね? そもそも挽回できるのなら「失敗」とは言いません。世の中にはどんなに努力しても挽回できないことがたくさんあることを知っているほうが、人間は強くなれます。
 「努力すればできる」と教えられた生徒は、受験に失敗したら地獄を見ます。でも、「人間は必ず失敗する生き物だ」というファクトを知っていると、失敗から学び、前を向いて歩いていけます。
 厳しいことを言いますが、「努力すれば何でもできる」などと言っている人は、若いときに何一つ能力の限界までチャレンジをしたことがないのではないですか? たとえば何かの運動部に入ってみれば、「努力してもできない」ことがあるというのは、すぐにわかりますよね。
 「人間チョボチョボ論」ですよ。人間はチョボチョボで変わりがないのだとすれば、違うのは本人の気持ちの持ち方一つです。前向きになれるファクトを教えてあげなければ。

●先生こそ「人・本・旅」を!
 先生は子どもにとって最高のロールモデルです。だから先生方が「人・本・旅」で勉強し続けていれば、子どもたちもそれを見て勉強するようになります。
 つらいこともあるでしょうけれど、少なくとも教職におられる間は、元気で明るく楽しそうな表情で、「人・本・旅」で常に学んでいる姿を子どもたちに見せていただくことが、最高の教育だと思います。

(編集・構成/『教職研修』編集部)

出典:出口治明『教職研修』(教育開発研究所、2018年6月号)



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