立命館アジア太平洋大学
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引き継がれる開拓精神-坂本初代学長や開学時に入学した卒業生らが講演

教育プログラム|講演・シンポジウム

2017/7/14

2017年5月25日、坂本和一 本学初代学長および2名の本学卒業生、猿渡崇人氏(日本出身、2000年第1期の学生として入学、現在 大分県庁勤務)、Yin Min Su Su氏(ミャンマー出身、2005年入学、現在 金型設計事務所勤務)が講演を行いました。本企画は、1回生が受講できる「ピアリーダートレーニング入門」の中で、APU創設の理念や、白紙からの出発であったAPUの学生生活などを聞くことにより、APUの特長である多文化・多言語環境での経験を学習機会としてどのように生かし、学びにつなげていくのかを考える機会として行われました。

冒頭に坂本初代学長は、「APUの構想が生まれた1980年代末、次は欧米ではなくアジア太平洋の時代が到来すると考えていました。一方で、国際化の波が押し寄せる中、日本の大学はまだ国際競争の土俵にすら立っていないと感じていました。そこで、多国籍、他民族、多文化共生の大学を創立し、アジア太平洋時代に有為の人材を養成すること、日本の大学の国際化を牽引することを使命と考えたのです」と語りました。

猿渡氏は、民間企業へ就職した後、公共のために仕事がしたいと、APUのある大分県で公務員となった経緯を話しました。APU生時代の「世界学生サミット」を例にあげ、「2002年にAPUの教員と学生が中心となり開催し、日本を含め26カ国・地域から81の大学の学生が参加した企画で実行委員長を努め、多国籍の学生をまとめた経験が、来年、大分県が別府市で国内外の温泉資源を有する都市の代表を集め実施する「世界温泉サミット」事業に生かせています」と話しました。

Yin氏は、「興味があるものづくりを学べる大学が母国に無く、銀行で働いていた時、ものづくりで有名な日本に、日本語ができずとも入学できるAPUがあることを知り、仕事を辞め、すぐに入学しました。就職活動で東京と大分を何度も往復するなかで、大分が自分にとってのホームであると思い至って、大分にある現在の会社へ就職しました。今では統括部長として生産から出荷までの工程管理をしています。私のような存在を広く知ってもらうことで、日本企業の外国人社員受入れの促進に寄与したい」と話しました。

講演後には多くの質問が寄せられ、「開学時と今、APU生の志に違いはあるか」という質問に、猿渡氏は「今の学生のことは分からないが、自分が第1期の入学生だったと分かると、APUを教職員と一緒に創り上げ、すごいですねと言われます。そうかもしれないが、今は皆さんがAPUを創っている。APUは変わり続けています。APUという大学を自分たちが創っているという自負心を持って欲しい」と受講生を激励しました。

「APU生にどのような人になって欲しいと考えていたか」という質問に、坂本初代学長は「APUの構想にもつながるが、人がやらないこと、今までにないもの、新しいものを世へ作りだせる人材を育成し、社会へ送り出したいと思っていました。それは今も同じです。革新的であるためには、さまざまな人が混ざることが大切であり、これが創造につながります。APU創設の理念を考えることが、皆さんが自分のこれからを考えることに少しでも役立つことを期待します」とメッセージを送りました。

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