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平山亜美

農業で女性が働きやすい職場をつくる: 母になることが「起業」のきっかけに

平山亜美 HIRAYAMA, AMI

ウーマンメイク株式会社代表取締役社長
2011年3月アジア太平洋学部卒業。在学時に慶熙大学(韓国) とのダブル・ディグリープログラムに参加。自身が子育てと仕事の両立に悩んだ経験をもとに、女性が働きやすく、かつ社会や地域も元気にできる環境をつくりたいと大分県国東市で起業。現在は25名(2023年12月現在)の女性社員・スタッフとともに水耕栽培で野菜をつくっている。九州圏のみならず、大阪や東京にも出荷している。
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Introduction

「まさか自分が農業で起業するとは思っていなかったです」そう語るのはアジア太平洋学部を2011年に卒業した平山亜美さん。平山さんが経営するウーマンメイク株式会社は、国東半島の南側に位置する国東市安岐町でサニーレタスやホウレンソウを水耕栽培し、九州だけでなく東京や神奈川などの首都圏や大阪にも出荷している。女性が働きやすい職場をつくることを大切にしながら着々と成果を出している姿は、創意工夫で新たな農業が可能であることを示している。実際、県や国レベルの農業分野や女性参画分野での表彰も数多く受賞している。平山さんが農業分野で起業することになった経緯からお話をうかがった。
出産を機に起業を考えた

APUを卒業してからは、関西の電子部品の会社に入社しました。情熱的な経営者に憧れて入社したのですが、入ってみると思い描いていたものと全然違いました。今思うと、どんな会社でも入社して1年目、2年目で任されてできる仕事もないし、仕事の基礎を学ぶべきだったと思いますが、その時の自分はすぐに転職という判断をして、大分の化粧品会社に転職しました。出身が大阪なので、APU入学で大分にきて、就職で関西に戻り、また転職で大分に戻ってきた形です。

そしてまた転機が訪れました。妊娠出産です。当時、働いていた職場でも産休や育休の制度はありました。でも、実際に取っている人は少なかったですし、先輩の様子を見ても、そういう雰囲気ではありませんでした。それならば自分に合った働き方を探そうと思いました。

しかも、私の場合はシングルマザーになることもあり、子育てと仕事の両立に不安がありました。ふたたび実家の近くに戻る選択肢もないわけではなかったですが、親に頼らず、自分で働いて子育てしていこうと可能性を探り始めました。

最初は、子育てしながら働ける職場を探しました。しかし、大都市圏だったら違ったかもしれませんが、大分では選択肢は少なく、子どもを預けることをはじめ、シングルマザーとして働くイメージはどうしても持てませんでした。そこから、自分で起業することを考え始めました。

平山さんは、自分に何ができるのか、どんな可能性があるのかをさまざまな人たちに話を聞いてまわった。それがやがて農業との接点を生み出すきっかけになっていく。

いろんな方々にお話をうかがう中で、地域に新しく「道の駅」の駅をつくろう、と話し合っているグループに出会いました。中心は、福祉施設を経営している方たちです。よく知られているように全国各地にある「道の駅」は、地域の経済や賑わいをつくる大きな原動力になっていますよね。自分でも「道の駅」について調べる中で、こういう場所ができれば地域が豊かになっていくだろうなぁというイメージがふくらみました。近隣で野菜づくりをしている方々の収入も増えますし、観光で来ている方も寄ってくれます。

でも、「道の駅」を実際に立ち上げようとすると、やっぱり資金も必要ですし、行政の協力も必要になります。それだったら、まずは自分たちでできるところから、まずは畑を始めてみようか、という話になりました。それが、私が農業とつながるきっかけでした。

出産を機に起業を考え始め、さまざまな人の輪に入っていく行動力。平山さんの語り口も自然体で屈託がない。気になって、APUでどのような学生生活を過ごしていたのかを聞いた。

APUでは、韓国の慶熙大学とのダブル・ディグリープログラムに参加しました。このプログラムでは、4年間のうち2年間を韓国の大学の授業を受けます。1年生の時は、必死に韓国語を勉強しましたし、韓国でも授業についていくだけで大変で、周りの友人に助けてもらいながらでした。APUで学んだことで今でも覚えているのはキム・チャンフェ先生が教えてくれた『扉を叩けば、開かれる』という韓国語です。私の人生の指針になっています。後で知りましたが聖書の一節のようですね。ちょっと古いと思われるかもしれないですが、私自身は情熱とか根性とかが好きなタイプです。

儲かる農業をしよう

起業ストーリーに戻ろう。自分にあった働き方を模索していた平山さんは、農業での起業を考え始めた。しかし、農業は全くの初心者。しかも「虫が苦手。天候に左右される働き方はしたくない」という条件も譲れなかった。そうなると、露地栽培するような慣行的な農業は選択肢に入らない。

ここでも人との出会いが、平山さんの背中をどーんと押してくれた。平山さんが「頑張っている若者は全て応援するような人」と評する上原グループの上原隆生社長だ。国東市で野菜をつくり、全国に届けている。平山さんにとって心強い先輩だ。

私にとって大きかったのは上原社長が『農業をやるなら儲かる農業をやらないとダメだよ』とアドバイスをしてくれたことです。

儲かる農業とは、私の場合は水耕栽培にチャレンジすることでした。水耕栽培は、ハウスの中で水の量や温度、水温などを管理しながら野菜を育てます。虫も嫌い、天候に左右されたくない、という私のわがままとも合致する農業です。しかし、施設をつくるためには大きな投資が必要でした。私の場合は、結果的に1億500万円の投資が必要となりました。もちろん、そんな額のお金を自分で用意することは不可能です。

事業計画を作り、販売先を探し、金融機関に話に行きます。全くの未経験からでしたが、私自身は『このチャンスを絶対ものにしたい』と必死でした。地元の金融機関がはじめから協力的だったことも助かりました。今から思ってもあの時の自分はすごかったな、情熱だけはあったなと思います。

結果的に県からの補助金と金融機関からの融資を受けることができました。上原社長のアドバイスと協力もあり、事業計画段階から見込みの販売先を見つけられていたことも大きかったと思います。

女性が働きやすい職場をつくる

事業は創業から「信じられないくらい順調」に進み、1年目から黒字化も達成できた。これだけの多額の投資をしている新興企業としては珍しいことだ。また、平山さんには自身の経験をふまえて「女性が働きやすい」職場をつくりたいというこだわりもある。

社員とパート含め、25名の女性が働いています。女性しか働けないわけではないのですが、女性にとって働きやすい職場にすることを心がけています。更衣室などの設備はもちろん、子連れ出勤がしやすい工夫もしています。いろんな世代の女性たちが一緒になって、私も一緒に作業に入って、和気藹々とした雰囲気でやっています。

水耕栽培の良さはハウスなので、天候に左右されず仕事ができること。野菜も地面ではなく、腰より上の高さに植えられているので腰への負担も少ないこと。また、水量や水温、肥料の濃度など、コンピューターや設備で管理できる部分も多いので、女性だけでも仕事を進めやすいです。でも、植物の成長は止められないので、それは大変ですね。

女性だけで農業ビジネスをやっているということで講演に呼んでいただいたりしますが、そういう時に「女性だけでもできるんですね。私もやってみたいと思っています」と言われることもあります。新いチャレンジのきっかけを作れていたとしたら嬉しいですね。

もちろん、女性同士らしいいざこざもあったりします。でも、せっかく何かの縁で一緒に働くことになったのだから、お互いへの思いやりは大事にしながらやっていこうね、と言いながらやっています。毎日の朝礼でそういう話もしますし、月に一回はお弁当を頼むかウーマンメイクの野菜を使って頂いているレストランで全員参加の食事会もしています。

シングルマザーの採用にも積極的だ。女性の活躍が推進されているが、実際に子育てしながら働きやすい職場はまだまだ少ないだろう。

シングルマザーは定時出社が求められたり、休みが取りにくい会社では働きにくいという制約があります。そもそも正規雇用では採用されにくいです。うちでは、毎朝朝礼をしていますが、事情があればそれに遅れても問題はないですし、例えば学校がお休みの日は、お子さんがいるお母さんたちは休みます。そんな日は、シニアの従業員たちが『今日は平均年齢高いから無理せず行きましょうかね』と冗談を言ったりして、ペースや仕事内容を調整しながら作業しています。

最近、パートから社員になったシングルマザーの社員がいます。一つのきっかけはお子さんの進学です。大学進学となると色々と出費がかさみます。その社員さんの場合も、まだ下の子もいて働く時間を増やすことも難しいので、私と話し合って「社員になって、働く時間は同程度にしながら、より大きな責任を持って働く」ということにしました。正社員ですと、同じ時間働くとしても給料が上がりますし、社会保険にも入れるので、長期的にも大きな違いがあります。

他者の立場の理解を深めるという意味で「誰かの靴を履いてみる」という英語表現があるが、まさに「子育てしながら働く」大変さを当事者として実感しているからこそ、細かな配慮や工夫をしていけるのだろう。最後に今後の課題と展望についてもうかがった。

短期な課題は、夏場も安定的に生産し、お客様に美味しい野菜を届けられるようにすること。夏場は水温が上がりやすく、野菜がうまく育つように管理する難しさがあります。ここ数年は特にそうです。

長期的には、『道の駅』のような場所をつくりたいという夢もまだ持ち続けています。地域で売れる場所があれば、ウーマンメイクだけでなく、地元で農産物を作っている人たちの収入やモチベーションアップにもつながりますし、農産物だけではないものも売れるはずです。習い事ができたり、文化センター的な機能もあったら素敵です。国東市には大分空港があるので、観光客の方も寄ってくれるはずです。地域全体がもっと元気になるはずですし、私としてはやっぱり子どもたちが誰一人として不安なく元気に過ごせる地域社会にしていきたいなというのが一番の願いとしてあります。すべてつながっていますよね。いずれは事業を多角化していきたいですが、今は目の前のことをやって利益もしっかり出して、というところに向き合っていきたいです。

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