石村 文恵 | APU 研究シーズ - 立命館アジア太平洋大学

言語教育を通じて人と人がつながるために

カテゴリー :

言語教育日本語教育地域防災
#水平的学習#主体的な学び#拡張的学習#多文化共生

概要

垂直的学習に水平的学習を加え、社会との接点を重視した言語教育を実践。

これまで大学の日本語教育、特に初級レベルにおいては、教科書を主として「教える・教わる」という教員と学生の関係性の中で、「知識」が教育の目的の中心になっていました。しかし現在、APUでは、学生が新たな気づきや視点、考えを変容させ、学生自身が学びの主体となるような教育実践を授業の中にも取り入れています。学びの場を教室だけに限定せず、教室外での学生の学びを教室内に持ち寄ることで、不確実性、多様性が生まれます。そのような気づきを意識化し、批判的省察をクラスメイトとともに行うことで、さらなる学びが期待されます。このような活動を通して「学びの拡張」を促す教育の実践に取り組んでいます(関連研究①)。
本研究では、知識を積み上げる「垂直的学習」に、人々との交流を通じて広がる「水平的学習」を組み合わせることで、学生の主体性と自律性を引き出し、実践的で継続的な学習へと導く言語教育の実現を目指しています。
学びの拡張を目指す実践的な取り組みの一つが、防災をテーマにした「防災まちあるき」です。この活動では、APUの外国人留学生が、大学のある大分県別府市において、地域住民と一緒にグループでまちを歩き、自分たちで避難所や防災施設を確認しながら交流を深めます。外国人留学生にとって、日本は外国であり、地震や自然災害があまり起こらない国から来ている学生も少なくありません。「防災まちあるき」は、そうした学生にとって貴重な防災知識を得る機会になりますが、その意義は単なる知識習得にとどまりません。実践的なコミュニケーションを体験し、地域の人々との関係を築いていく中で、学生たちは自らの学びを拡張していきます。教室での学習と実社会での経験が有機的に結びつき、より深い言語の理解と、さらなる学習への意欲、社会と関わる行動力が育まれているのです。
この取り組みは、2016年の熊本地震の経験から始まりました。隣接する大分県も被災し、APUのある別府市では多くの避難所が開設されました。その後の調査によれば、留学生の中には、地震に対する知識がまったくなかったり、言語の壁により必要な情報が得られずパニックになった学生もいたことが分かりました。また、地域住民も初めて出会った留学生に避難所でどう接したらよいのかとまどいを感じた人もいたようです。そうした課題が浮き彫りになったことで、言語だけに特化するのではなく、もっとお互いを知り、まちを知ることの重要性も感じ、“言語教育を通じて人と人をつなぐ”という新たなテーマが見えてきました。学生が社会・地域と関わりながら自律的に学んでいく必要性を認識し、そのための実践的な活動や研究が始まったのです。

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新規性・独自性

実践的アプローチで、学生が自ら学びを広げていける環境の構築を目指す。

本研究は、従来の言語教育の枠組みを広げるアプローチを提示しています。その中核となるのが、垂直的学習と水平的学習の融合を通じて、学生の主体的な学びを促す拡張的学習の実現という考え方です。従来の言語教育では、文法や語彙といった言語知識の積み上げ(垂直的学習)が重視されてきました。そこでは“正しさ”を追求する学びが行われています。本研究ではそれに加えて、多様な価値観や考え方に触れる機会(水平的学習)を意図的に創出することで、学生が自ら学びを広げていける環境の構築を目指しています。
その背景には、世界100カ国以上からの約3,000人の留学生が在籍するという、APUの世界でもまれに見る多言語・多文化環境があります。留学生のほとんどは別府市で暮らし、日本語の習熟度は千差万別です。APU入学時にはほとんど日本語がわからない学生も少なくありません。彼らの学びを、受動的な垂直的学習だけではなく、別府市での実生活を取り入れたものに広げていくのは、必然とも言えるでしょう。
この考えを具現化したのが、実社会との接点を重視した学習デザインです。「防災まちあるき」をはじめとする地域住民との交流活動では、留学生たちが実践的なコミュニケーションの機会を得ますが、ただ引率されて参加するだけではなく、主体的に参加することで自律的な学びが促進されています。学生たちが、“なぜ”を常に意識しながら、教室での学習と地域社会での実践を有機的に結びつけることで、大学生としての深い学びへのきっかけとなっているのではないかと考えます。
こうした活動を通じて学生や地域住民に起きている変化についての研究は、まだ緒に就いたばかりです。今後、留学生たちは防災という社会課題に主体的に関わる中で、自らの役割を見出し、その経験を次の留学生たちへと伝えていくという、持続的な学びのサイクルも生まれるでしょう。また、留学生と地域住民が共に活動する中で自然な相互理解が促進され、言語学習を通じた新たなコミュニティが形成されることも期待されます。こうした取り組みは、多文化共生社会における新しい言語教育モデルの可能性の一つを示していると考えられます。

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エンゲストロームの活動システムの一般モデル
(エンゲストローム, 2015/2020,p.118, 山住, 2019,p.19を参考に)

従来の言語教育の枠組みを広げる活動を考えるうえでは、エンゲストロームの活動理論に基づく一般モデルを参考にして、活動のフレームを考案し、実践している。

社会連携に向けて

言語教育を通じた人と人のつながりの実現。さらには、多文化共生社会の構築へ。

本研究の知見は、言語教育を通した多文化共生社会の実現に向けて、幅広い可能性を秘めています。
まず、「防災まちあるき」の活動を基本形として、他地域への展開を図ることが考えられます。日本の地方においては、多くの地域が人口減少や高齢化、コミュニティの維持といった課題を抱える一方、在留外国人や外国人旅行者は増え続けています。そうした中で、日本語教育を通じた人と人のつながりの創出は、今後、より必要なものになっていくでしょう。既に、宇都宮大学でも同様の取り組みが始まっており、外国人留学生と日本人学生、地域住民が参加しています。
また、この「防災まちあるき」は、異分野の研究者や学生との協働により、新たな活動や研究へと発展していく可能性があります。前述の宇都宮大学の取り組みは、防災と地域創生の研究者が中心になって始められました。また、直近の別府市の「防災まちあるき」では宮崎大学の建築・土木系の学生とともにAPUの学生が運営を行い、建設会社とのコラボレーションも実現しています。
また、「防災まちあるき」は現在すでに自治体と連携した活動となっており、そうした活動をきっかけとして、教育や交流、地域住民と外国人住民の交流促進プログラムの開発など、より包括的な多文化共生施策への発展も期待できます。
教育機関との連携では、今後、水平的学習の考え方を取り入れた講座や研修の開発と実践で協働することなどが期待されます。さまざまな教育現場での実践と研究を相互に進めながら、本研究をさらに広げていきたいと考えています。

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「防災まちあるき」で参加者は、タスクをこなしながら、さまざまな体験ができる。
(VRでの体験や災害用マンホールトイレの組み立てなどが盛り込まれることもある)
戻ってからのワークショップでは、参加者が気づいたことをまとめ、話し合いなども行う。

関連研究

関連研究①
学生の主体的な学びを促す教室活動 ―拡張的学習への新たな教育的アプローチをめざして― 日本語教育 (186),32-46頁 (共著)

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つながる「防災まちあるき」 ―活動の記録―
The booklet for the activities of engaging “Disaster Prevention Town Walking”

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防災活動に参加した留学生の防災に対する意識調査 ―インタビュー調査における分析から―

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研究代表者
石村 文恵
石村 文恵
ISHIMURA Fumie
立命館アジア太平洋大学
言語教育センター 特任講師

災害は誰の上にも降りかかります。そしてそのリスクを大きくするのも小さくできるのも人です。人と人が助けあうことが必要となる災害の場面において、それぞれ自分たちにできることは何かを協働して考えることが住みやすい社会を創ることにもつながると考えます。それぞれの課題を別々にどう対応していくかではなく、大きな枠の中でどのようにしたらよいのか、対話する場を作ることも重要であると考えます。
人と人のつながりを創出するためには、どんな教育活動や研究活動を行えば良いのか。その問いへの答えはまだまだ模索中ですが、毎日行われる言語の授業だからこそできることもあると思います。学生と協働しながら、言語教育が持つ可能性をさらに広げていきたいと考えています。

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