布尾 勝一郎 | APU 研究シーズ - 立命館アジア太平洋大学

外国人労働者と日本語をつなぎ共生社会へ

カテゴリー :

日本語教育
#日本語教育政策#外国人介護・看護労働者#専門日本語教育#介護福祉士国家試験#やさしい日本語#日本語学習教材

概要

外国人労働者と日本語、外国人労働者と日本社会とのよりよい関係の構築を目指し、提言や支援を行う。

日本での在留外国人が350万人を超え、特に介護分野では経済連携協定(EPA)、技能実習、特定技能など、さまざまな在留資格での外国人材の受け入れが進んでいます。しかし、日本語という言語の壁は、彼らの長期的就労や社会参加、さらには自己実現の大きな障壁となっています。
本研究の代表者は、外国人労働者、特に介護・看護分野の人材に焦点を当て、彼らに対する日本語教育政策がどのように議論され、実施されてきたかについて研究しています。国会会議録や政策文書の分析を通じて、日本語教育政策の課題を明らかにし、政策提言を行ってきました。外国人労働者の言語権と、それに関連する日本語教員の養成や地域の日本語教育のあり方についても、提言を行っています。
一方で、介護・看護分野の日本語学習者が必要とする教材の開発にも取り組んできました。日本で長期的な就労をするためには、介護福祉士国家試験が重要な意味を持っています。国家試験は日本語で行われ、多くの介護専門用語を含むため、外国人にとって合格へのハードルは大変高いものになっています。そうした外国人介護労働者が国家試験受験に際して介護専門用語を学習するための教材として、ウェブサイト『やさしい日本語でまなぶ介護専門用語集』などを他大学の研究者やWebデザイナーと協働して開発しました。学習者の母語や文化的背景を問わず学習が可能で、「やさしい日本語」(平易な日本語)を用いて専門用語の説明を行うなど、利用者の立場で開発を行い、日本語学習者や学習支援者を支援しています。

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新規性・独自性

政策提言と教材開発という2つのアプローチで、実践的な研究と貢献を目指す。

本研究の特徴は、国や社会の今後を見据える政策の分析・提言と、身近で具体的に役に立つ語学教材開発という、対極ともいえる2つのアプローチを進めてきたことです。外国人労働者と日本語、さらには外国人労働者と日本社会とのよりよい関係の構築を目指して、2つを同時に手掛けることで、机上の空論に終わらない実践的な研究を展開してきました。
政策の分析と提言においては、国会会議録の分析を通じて、外国人介護労働者に対する日本語教育をめぐる議論の現状と課題を明らかにしてきました。特に、経済連携協定(EPA)、技能実習、特定技能といった在留資格ごとの議論の特徴を、国会会議録や厚生労働省有識者検討会、新聞記事の詳細な分析を通じて可視化しました。
日本語学習教材開発においては、介護分野の専門用語を「やさしい日本語」で説明する手法を確立し、それをウェブサイト教材『やさしい日本語でまなぶ介護専門用語集』として実装しました。このアプローチは、従来の単なる対訳や用語解説とは異なり、日本の介護現場特有の概念や制度についても、学習者が理解しやすい形で説明することを可能にしました。さらに、音声読み上げ機能の実装や多言語対応など、学習者の多様なニーズに応える機能を備えています。
『やさしい日本語でまなぶ介護専門用語集』は、まず2021年に、フィリピンとインドネシアからのEPA候補者に対応するため英語とインドネシア語でオープンし、その後介護労働者受け入れの拡大に応じて、ベトナム語、ミャンマー語、中国語、ネパール語を追加しています。こうした総合的な学習支援のできる教材は、介護福祉士国家試験の日本語教育の観点から分析してきた研究者や、福祉分野の研究者、介護分野の日本語学習者への学習支援の現場を知る研究者が集まったからこそ、実現できたものです。

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ウェブサイト教材『やさしい日本語でまなぶ介護専門用語集』より。
「嚥下性肺炎」を調べたときの例。左はインドネシア語、右はミャンマー語での表示。

社会連携に向けて

外国人労働者と日本社会のよりよい関係のために、言語教育の課題と可能性を見つめる。

本研究の代表者が、前述の2つのアプローチを行ってきたのは、ことばを通して少数派の立場に置かれ不利益を被っている人々がいるのであれば、その状況を明らかにし、そこに言語教育がどう関わっていけるのかを考え、行動し続けようとしているからです。その意味では、本研究の活動範囲は限定されません。
国や社会を見つめる視座での政策提言などの活動は、今後の日本の日本語教育政策の行方を見定めながら、また省庁の担当者や他の研究者とも連携を取りながら、新たなテーマを模索していきます。
介護分野の外国人材への実践的な関わりについては、多くの人が日本での就労を望んでいるにもかかわらず、ことばに困っているという状況に対し、引き続き、支援をしていきます。
介護分野の労働力不足は今後さらに進行し、さらなる外国人材の受け入れ拡大が予想されています。そんな中、本研究の支援は、さらにさまざまな形に展開する可能性を持っています。
『やさしい日本語でまなぶ介護専門用語集』の開発は、今後も、さらなる多言語化を目指すなど、日本語の学習者および学習支援者を支援するリソースとして提供を続けていく予定です。さらに、共同研究者とともに日本語学習支援に資する新たなWebサイトの開発に取り組んでいます。

科研課題「介護の日本語学習支援者に対する学習支援サポートシステムの開発」(代表:中川健司氏)

また、自治体や国際交流協会との協働による「やさしい日本語」の普及活動も進めていきます。すでに、大分県日田市の病院や介護施設で働く人材向けに講師を務めるなどの実践例があります。この経験を活かし、より多くの機会で「やさしい日本語」の普及に務めたいと考えています。
今後、介護の現場における外国人材向けの日本語教育においては、多様なニーズが出てくると考えられます。また、外国人材の受け入れに際して、言語面でのサポートは、自治体、地域、企業などにとっても課題となっています。今後は、そうした組織や団体と連携する機会も増えてくるでしょう。
政策分析から得られた知見と実践的な教材開発の経験を組み合わせることで、さまざまな課題に即した、実効性の高い提案や支援を行っていきたいと考えています。

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著書『迷走する外国人看護・介護人材の受け入れ』(ひつじ書房)、『対抗する言語: 日常生活に潜む言語の危うさを暴く』(三元社 共著)。言語教育政策の問題点を指摘し、提言を行い続けている。

関連研究

「やさしい日本語でまなぶ介護専門用語集」の開発と拡充
介護福祉士国家試験を目指す外国人介護労働者を対象として
(共著)

詳細情報・関連リンクはこちら

「外国人介護労働者の受け入れと日本語教育政策に関する研究」

詳細情報・関連リンクはこちら

研究代表者
布尾 勝一郎
布尾 勝一郎
NUNOO Katsuichiro
立命館アジア太平洋大学
言語教育センター 教授

初めて日本語の教科書を見たのは、私が新聞記者の職を辞し、バックパッカーとして学生時代の旅の続きのようなことをしていた時のことです。メキシコ滞在中に、日本語を学んでいるメキシコ人学生に、スペイン語を教えてもらう代わりに、日本語を教えることになったのです。長い旅路で、マイノリティの外国人として移動を続ける中で出会った日本語の教科書。それは、私が日本語教育に携わるきっかけになりました。それ以来、「ことばと社会」、「人の移動とことば」をめぐる問題に関心を持ち続けています。
そして現在、単に日本語を教えるだけでなく、多様なバックグラウンドを持つ人々が自分らしく生きられる社会を作るために、言語教育に何ができるのかを考え続けています。今後も、幅広い取り組みで、研究と実践を重ねていきたいと考えています。

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