本田 明子 | APU 研究シーズ - 立命館アジア太平洋大学

多様性を育むユニバーサルな日本語を創る

カテゴリー :

言語学日本語教育日本語学
#多様性とことば#ことばのユニバーサルデザイン#やさしい日本語#多文化共生#海外人材受け入れ

概要

「やさしい日本語」の、その先へ。多様な人々が共に生きる社会の言語環境を創る。

日本に住む外国人(海外出身者)は増加を続けています。2024年6月末には358万人を超えており、2040年には海外出身の労働者が600万人以上になると予測されています(*)。多様な背景を持つ人々がともに働き暮らす社会のためには、言葉の壁を低くしていく必要があります。そのために日本語の可能性を広げていく。それが本研究の目指すところです。
かつての震災で海外出身者も被災したことをきっかけに「やさしい日本語」が提唱されました。今では多くの官公庁も推奨するなど、広く認知されるようになっています。本研究の代表者も、海外出身者への日本語教育に取り組みながら、日本語話者に「やさしい日本語」を広める活動をするようになりました。その活動のなかで、「やさしい日本語」のありかたに疑問をもつようになりました。
それは、「やさしい日本語」が、“海外出身者に対しては、日本語をこんなふうに言い換えて、やさしくしよう”という、いわばバリアフリーを目指すものだからです。建物に例えれば、バリアフリーは、障がいを持つ人のために既存の階段の横にスロープを付けるなどの対策をするもの。その場をしのぐことはできますが、使いにくいという不満の声が上がりがちで、障がいの有無で人を分けてしまうことにもつながります。一方で、ユニバーサルデザインの建物は、初めからさまざまな人が利用することを前提に設計・デザインします。そこでは1つのデザインのものを、すべての人が共有して使います。
本研究は、「やさしい日本語」を超えて、日本語をユニバーサルデザイン化することを目指します。それは単なる言葉の言い換えマニュアルではなく、日本語の本質的な理解に基づいた、新しいコミュニケーションのあり方の提案です。この視点は、多様な人々が共に生きる次世代の日本社会において、重要性を増していくと確信しています。

*出入国在留管理庁、国立社会保障・人口問題研究所の資料より

図

「やさしい日本語」を“○○のための”ことばの言いかえマニュアルにしてしまうと、個々の「ことばの障がい」が生じた後に対応することしかできなくなる。海外出身者や子ども、高齢者、障がい者など多様な人々が共に生きる社会では、誰もが使いやすいユニバーサルデザインの日本語の環境を創ることが求められる。

新規性・独自性

“海外出身者のため”ではなく“すべての人のため”を目指す、本質的な日本語研究。

「やさしい日本語」は現在、海外出身者とのコミュニケーションを円滑にする手段として認知されています。その普及活動では、難しい言葉をやさしく言い換えるガイドラインの作成や、「海外出身者にはこのように話しかけましょう」といった、対象を特定した対応に力が注がれています。
しかし本研究では、そこには大きな問題があると考えています。なぜなら、「海外出身者のための日本語」という枠組みを作ることは、かえって日本人と海外出身者を分けてしまい、コミュニケーションを阻害する可能性があるからです。また、決まった言い換えのルールを提供するだけでは、現場で直面する多様なコミュニケーションの課題に対応できません。本研究では、日本語の構造を客観的に理解し、状況に応じて柔軟に調整できる能力を育むことこそが重要だと考えるに至りました。
多様な人が共に生きる社会ではこの視点が欠かせません。何気なく使っている日本語の構造を意識的に理解することで、相手や状況に応じて適切に言葉を選び、調整する力が育ちます。それは、日本語学習者に対してだけでなく、子どもや高齢者、さまざまな立場の人々とのコミュニケーションにも活かせる能力となります。
こうした本研究の視点の背景には、研究代表者の経歴と経験があります。まず中学校の国語教育者として日本語と向き合い、その後、大学院で言語学を学び、大学教員として留学生への日本語教育に携わりながら、言語学の博士号を取得しました。つまり、第1言語としての国語教育と、外国語としての日本語教育、その両方から日本語に携わってきたのです。そうした複眼的な視点を持ちながら、「やさしい日本語」を用いた社会人向けの研修などを担当してきたことにより、本質的な課題を認識するに至りました。
本研究では、「海外出身者のための日本語」という枠組みを超えて、すべての人にとって使いやすいユニバーサルデザインの日本語による言語環境の構築を目指していきます。

社会連携に向けて

企業・自治体・教育機関との協働で、実践と研究を進め、新しい日本語環境の構築へ。

本研究は、さまざまな分野で実践をしながら知見を深めていくことを目指しています。
既に、企業との連携においては、海外出身の人材との効果的なコミュニケーション方法の開発を進めています。本格的に海外出身者を雇用している企業・事業所ではさまざまな課題をかかえています。職場での実践的な日本語ガイドラインの作成や、社内共通語としての伝わりやすい日本語の確立を支援することで、多様な人材が活躍できる職場づくりに貢献できると考えています。
行政・自治体との連携では、地域日本語教室の質的向上を支援し、日本語学習支援者の育成を行っています。30年以上の実践から得た知見をもとに、現場で悩んでいる日本語学習支援者に対して、本質的で実践的な研修を行っています。これらの活動を通じて、自治体の多文化共生施策にも実践的な知見を提供することができます。
教育との連携については、「多文化に生きるこどものことば研究会」を共同で運営し、日本語の支援を必要とする児童・生徒への支援に取り組んでいます。日本で暮らす海外出身の子どもたちにとって、いずれ日本語が国語になる可能性があります。つまりこれは、国語教育と日本語教育を橋渡しする新しいカリキュラムになる可能性を持っています。この取り組みを広げながら、教育現場での言語環境の改善を目指していきます。
このように、本研究は理論的な探求にとどまらず、実社会のさまざまな場面で実践と研究を繰り返しながら進めていきたいと考えています。

写真

日本語学習者向けだけではなく、日本語学習支援者向け、海外人材を受け入れている企業向け、といったさまざまな研修・勉強会などを開催している。写真は、大学外で日本語学習者向けの教室で指導する研究代表者。

関連研究

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研究代表者
本田 明子
本田 明子
HONDA Akiko
立命館アジア太平洋大学
言語教育センター 教授

私はAPUに25年間勤務し、100を超える国・地域から集まった学生たちに日本語を教えてきました。所属する言語教育センターでは日本語を含む8言語を教える100名あまりの同僚教員がいます。そのうち日本語第1言語話者は1/3程度です。そんな環境で試行錯誤してきた私は今、自分が20〜30年先の日本社会を先取りして生きているのではないかと感じています。
2,000人以上の国際学生と接し、日本語を教えるうちに、この国の人は○○だ、とか、○○人同士だから文化が同じだ、といった思い込みが通用しないことに気がつきました。文化とは、一人ひとり異なるもので、10人の人がいれば、どこの出身かということには関係なく10の文化があるのです。
そんな環境で、一人ひとりの学生に向き合う中で、日本語を取り巻く本質的な課題が見えてきたように思います。
これからの日本は、多様な人々が共に生きていく社会です。そこでは、相手のカテゴリーに応じて言葉を変えるのではなく、誰にでも分かりやすく使いやすいユニバーサルな日本語が必要です。そのためにはまず、「国語としての日本語」とか「外国語としての日本語」とかではなく、伝わるコミュニケーションのための日本語のありかたをしっかりと構築していかねばなりません。私の経験と研究を活かし、新しい時代の日本語環境づくりに貢献していきたいと考えています。

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