ヨン スンホ | APU 研究シーズ - 立命館アジア太平洋大学

観光と地域住民の幸福その関係を解明する

カテゴリー :

観光学社会心理学
#コミュニティ・ベースド・ツーリズム#地域創生#心理的幸福感#アイデンティティ形成#持続可能性

概要

地域住民のアイデンティティと幸福感を中心に据えて、コミュニティ・ベースド・ツーリズムを社会心理学から研究。

「コミュニティ・ベースド・ツーリズム(Community-Based Tourism)」とは、地域住民が主体となって、地域の資源、例えば歴史や文化、産業、暮らしそのものを活用し、外部からの観光客に向けて体験型の観光を提供する取り組みのことです。大資本が提供する大量消費型のツーリズムとは異なり、地域活性化に果たす役割や持続可能性の高さで、徐々に注目を集めるようになっています。
これまでの研究では、CBTの経済的効果に焦点が当てられたり、コミュニティの変化が研究されたりすることが多く、CBTに参加する地域住民の心理面の変化や影響についての研究はほとんど見られません。
本研究では、観光学と社会心理学を融合させた独自の視点から、CBTが地域住民のアイデンティティ形成と心理的幸福感に与える影響を研究しています。日本(別府市、日出町、臼杵市、国東市など)と韓国の地域でフィールド調査を実施。CBT活動に参加する地域住民へのインタビューやアンケート調査を通じて、CBTへの参加が地域住民の心理面にどのような影響を与えるのかを実証的に分析しようとしています。
本研究は、観光振興策としてのCBTではなく、「地域住民が幸せになる」という観点からCBTの価値を再定義するものです。地域に埋もれた多様な資源が、CBTとして掘り起こされることで、経済的価値だけでなく、地域住民の心理的幸福感や地域へのプライドを高める可能性があります。それは、これからの時代にふさわしい持続可能な観光となり、新たな地域振興になる潜在力を秘めているのです。

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CBTが、参加者のアイデンティティを構成する4つの要素とどのように結びついてウェルビーイングにつながっているかを分析する。

新規性・独自性

観光で、その地域の住民は幸せになれるか。心理学が開く観光研究の新領域。

本研究の最大の特徴は、社会心理学の理論と手法を用いて観光現象を分析する点にあります。観光学では、社会学や経済学、地理学などの観点からの研究は数多く行われていますが、社会心理学の理論を応用した研究はきわめて少ないのが現状です。
まず注目すべきは、社会心理学の「アイデンティティプロセス理論」などを観光研究に適用し、CBTと地域住民のアイデンティティの関係性を実証的に検証している点です。これにより、地域全体としてではなく個人がどのように変化するかという微視的な視点での分析が可能になります。また、CBTの価値を経済的効果だけでなく、参加者の心理的幸福感やアイデンティティ構築という観点から評価する新しい視点を提示しようとしていることは、持続可能な地域づくりにおいて重要な視点といえるでしょう。
さらに、日本と韓国という異なる文化的背景を持つ地域でのCBTを比較することで、文化による差異と普遍的要素を明らかにしようとしています。例えば、韓国ではビジネス志向が強いのに対し、日本では地域の団結力やアイデンティティ形成に強みがあるという差異が明らかになりつつあります。
研究手法においても、定性的調査(インタビュー)と定量的調査(アンケート)を組み合わせた混合研究法により、CBTの心理的効果について科学的な検証を行っています。本研究で観光研究における方法論も提案したいと考えています。

CBTの持続可能性に影響を与える要因の分析
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CBTの構成要素間における因果性および総合的な影響力の高い要因を、DEMATELにより定量分析したところ、CBTの持続的な発展に向けて、コミュニティの能力開発プログラムの体系化と、それを支える仲介支援組織の機能強化が、優先的な政策課題となることが分かった。

社会連携に向けて

心理学からの研究成果を反映させることで、CBTをさらに魅力的に、持続可能に。

本研究は学術的な価値にとどまらず、さまざまな社会連携の可能性を秘めています。
研究成果は、地域のCBT施策の設計や評価に活用できます。特に「地域住民の心理的幸福感」という新たな評価軸を提供することで、地域自治体や観光協会はより持続可能性の高い観光振興策を立案することが可能になるでしょう。また「あらゆるものが観光資源になりうる」という本研究の考えは、農業、漁業、製造業など多様な産業が観光と結びつく可能性を示しています。漁師による漁船クルーズや工場見学など、地域の小さな産業そのものが観光コンテンツになるという視点は、産業観光の新たな展開につながります。
さらに、研究の知見を活かした地域住民や観光事業者向けの教育プログラムの開発も期待できます。CBTを通じた地域アイデンティティの形成や、観光客との交流が地域住民にもたらす心理的効果について理解を深めることで、より効果的なCBTの実践が可能になるでしょう。
地域の個々の観光資源は小さいかもしれません。しかし、“地域に眠る数々の原石を観光コンテンツに磨き上げて、一つのネックレスにまとめあげる”と考えれば、地域の観光資源をネットワーク化する新たな戦略構築にも役立ちます。観光協会や自治体が、そのネックレスのつなぎ役を担うことで、地域全体の魅力向上を実現できると考えています。

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※写真提供:かんなわ蒸し通りずむ

大学の地元 別府市鉄輪温泉では、地熱による地獄蒸し料理の飲食施設と連携して実践研究を行っている。また鉄輪温泉で毎年6月に催される「かんなわ蒸し通りずむ」というイベントにも、多くの地元事業者や市民とともに参加し、埋もれている観光資源の原石をコンテンツ化する実践的な研究・教育の場としている。写真は、「かんなわ蒸し通りずむ」での様子。

関連研究

「On being community members: exploring psychological mechanisms of community identity construction through Community-Based Tourism」

詳細情報・関連リンクはこちら

研究代表者
ヨン スンホ
ヨン スンホ
YOUN Seung Ho
立命館アジア太平洋大学
サステイナビリティ観光学部 准教授

私は心理学と観光学の研究者として、観光とアイデンティティに関する研究を専門としてきました。日本で研究を続ける中で感じていたのは、観光による経済的効果や社会的変化が注目されがちで、地域住民の心の変化や幸福感についてはあまり研究されていないということでした。
地域創生では、経済性だけではなく、地域に住む人々の心理的なウェルビーイングが大切だと考えています。CBTに参加することで住民が幸せになれるのか、自分自身に誇りを持てるようになるのか。それを知りたいと思い、この研究を始めました。
APUの多文化環境を活かした連携も進行中です。別府・鉄輪温泉での「かんなわ蒸し通りずむ」プロジェクトでは、地域とAPUの外国人留学生との交流の場で、多くの笑顔が生まれています。
多くの人は、観光と聞くと、すぐにビジネスを思い浮かべるようですが、観光は関わる人々の幸せのためにあるはずです。この研究を通じて、より多くの人が観光を人生や幸福に関わるものとして捉えられるようになればと願っています。

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