未来の住民と行政の協働意思決定に貢献する。
カテゴリー :
概要
大震災後の海岸堤防事業の合意形成プロセスを分析し、住民と行政のよりよい協働意思決定モデルを構築。
海に囲まれた日本は、約35,300km、地球一周の8割以上もの長さの海岸線を持ちます。その沿岸部ではこれまで多くの公共事業が行われてきましたが、特に東日本大震災以降、さまざまなインフラ公共事業において、住民と行政の合意形成のあり方に注目が集まっています。
本研究の代表者は、諫早湾干拓事業および三番瀬再生事業におけるコミュニケーションの研究を出発点に、環境社会学の視点から住民と行政の対話を見つめてきました。熊本県の荒尾干潟、愛知県の藤前干潟、三重県英虞湾での干潟再生事業、またイギリスやマレーシアでの沿岸域再生事業など、国内外で沿岸部の公共事業とそこでの住民意識の変化、住民と行政の関わりについて、関係者の話に耳を傾けて学びながら、少しずつ理解を深めています。
そして今回、東日本大震災後の宮城県気仙沼市における海岸堤防事業を対象に、合意形成プロセスの分析を行う研究に取り組んでいます。
大震災後に多くの海岸堤防が復旧・新設されるに至るまでには、住民と行政によって、何がどのように話し合われ、どんな齟齬があり、それがどう克服されたのか。多分野にわたる研究者が学際的に分析します。複数の事例において横断的に分析を行い、将来の住民と行政との協働意思決定モデルを構築することを目指しています。
今後も日本では、南海トラフ地震に備えた堤防建設や、気候変動による海面上昇や高潮対策、グリーンインフラ要素を含む堤防建設事業案が地域に提案されていくでしょう。その議論の過程がより実り多く、多くの関係者にとって納得のいくものとなるよう、貢献ができれば幸いです。
新規性・独自性
複数の事例を横断的・学際的に分析する新たな研究手法で、新たな知見の獲得を目指す。
本研究の新規性・独自性には、主に大きく3点あります。
一つは、学際的な横断です。これまで多くの公共事業研究では、工学的・技術的な研究と社会学的な研究とは別々に行われてきました。
しかし、公共事業をまちづくりの一環として捉え、全体像をつかむためには、理工系だけでも文系だけでも限界があるという認識が広まってきています。本研究では、環境社会学、建築・都市計画学、土木工学、生態工学、行政法学といった多分野の研究者が参画し、複合的な視点から合意形成プロセスを分析しようとしています。
二つ目は、複数事例の分析です。これまで単独の事例が扱われることの多かった合意形成プロセスの研究において、多数の事例を横断的に分析することで、新たな知見を得ようとしています。東日本大震災後の防潮堤建設では、数多くの地域で合意形成が行われました。その中には、住民と行政の粘り強い対話から、双方の納得する結果が導き出されたことで知られる事例もあります。そうした、いわば「良きケーススタディ」を掘り下げて研究することも意義深いことですが、その他の多くの事例を含めて、横断的に分析することで、それらの共通点や相違点から、新たな知見が得られるはずです。
三つ目は、合意形成における「賛成・反対」を、表層の意見の相違ではなく、その意見の背景にある理由まで掘り下げて理解しようと試みることです。例えば、同じ「反対」に分類される意見も、その理由のレベルまで見ていくと、「基本的には反対だけれど、もしこうしてくれるなら賛成だ」といった、本当の「賛成・反対」が見えてくる場合があります。実はこれまでの公共事業でも、住民と行政が、そうした意見の理由レベルでしっかりと話し合えている事例では、どこかより良い落としどころが発見できていることが多いのです。
以上の研究手法を通じて、今後の公共事業における合意形成のあり方について、新たな示唆を得ることを目指しています。


(東北の数々の防潮堤を実際に訪問し調査している)
関連研究
Yamashita, H. (2023). Just transition through “commoning” coastal wetlands in
growing and shrinking communities in Japan, Sustainability Science
Yamashita, H. (2020) . Living Together with Seawalls: Risks and Reflexive
Modernization in Japan, Environmental Sociology
研究代表者

YAMASHITA Hiromi
アジア太平洋学部 教授
当ページの内容をPDF1ページにまとめたサマリーを、こちらから表示し、プリントすることができます。
今思えば、海辺で育った私は、子どもの頃から環境の変化と地域社会の関係に関心を持ってきたように思います。研究者としては、異文化間コミュニケーション研究を経て、環境社会学の道に進み、さまざまな立場の方々の対話の可能性を探ってきました。
海岸事業の合意形成に至る多くの対話の記録を丁寧にひもといていくと、一見「対立」に見える対話の背後にも、共通の願いがあることを見いだすことができます。地域の方々や行政の担当者の方々と対話を重ねながら行う本研究が、よりよい合意形成の仕組みづくりに貢献できるものとなることを願っています。
立命館アジア太平洋大学 教員紹介
researchmap