国際シンポジウム「21世紀新首都の展望」議     

  時:平成121127  14001700

  所:大阪商工会議所地下大会議室

主催:日本計画行政学会関西支部・新首都構想研究会

立命館大学けいはんなセンター

協賛:大阪商工会議所

後援:三重・畿央地域首都機能移転連絡会議、関西広域連携協議会、日本経済新聞社

(社)関西経済連合会、首都機能移転構想研究会

事務局:()関西情報センター、全日本コンサルタント(株)

目   次

主催者挨拶

第一部:課題提起

1.新首都の新しい役割

 (仲上健一・立命館アジア太平洋大学教授)

2.    持続可能な都市と新首都の条件

 (大久保昌一 ・大阪大学名誉教授)

3.新しい世界都市の可能性と課題

 (加藤晃規・関西学院教授)

4.三重・幾央新首都構想について:

 (一見泰雄・三重県総合企画局審議監)

第二部:パネル・ディスカッション

T.各パネリストからの報告

1.韓国の首都圏整備計画と問題点:

 (金政R 韓国アジア太平洋環境会議副総裁 元韓国環境庁次官)

2.中国の都市システムの変容と首都機能

 (戴二彪((財)国際東アジア研究センター上級研究員)

3.新しい国土構造と首都機能

(新川達郎・同志社大学大学院教授)

4.    新首都の文化機能:金井萬造((株)地域計画建築研究所社長)

U.パネラー間の討議

第三部:参加者による質疑応答

主催者挨拶

1.高橋文利(立命館大学けいはんなセンター所長)

21世紀を迎えて政治経済体制の一新を図っていく必要があり、その一環として首都機能移転問題を幅広く議論すべきである。

2.仲上健一( 立命館アジア太平洋大学教授・日本計画行政学会関西支部副支部長)

・日本の中で議論されている新首都の問題をアジア太平洋という新しいキーワードの中から広い範囲で議論を進めるために、中国及び韓国から研究者を招いてこのシンポジウムを開いた。

・学会の立場から、三重・幾央だけでなく、東北やその他の地域のことも含めて理論的かつ戦略的な幅広い議論を展開することが肝要である。

第一部:課題提起

1.新首都の新しい役割:仲上健一・立命館アジア太平洋大学教授

(1) 首都機能移転の論理と展開

  ・首都機能移転の系譜としては平成4年に「国会等の移転に関する法律」が公布・施行され、平成11年12月に国会等移転審議会は三重・畿央を含む三候補地を選定し、現在それぞれの地域で調査が行われている。

・首都機能移転の論理として、大きな国家的及び政治経済的視点もあるが、日本が抱えている課題として「世界における日本の首都」、「アジア太平洋における首都の位置づけ」が重要であり、従来の東京問題という視点からの議論だけでは、ほんとうの先が見えてこないのではないのか。新しい世界都市としての東京と21世紀の展望という視点が必要だ。

(2) ミレニアム首都のコンセプト

・従来の議論の枠を大きく乗り越えるような議論をする必要があり、ニューミレニアム首都というコンセプトを考えた。そのためには、20世紀システムの議論が必要で、20世紀はどのような時代であったのか、21世紀をどのようにすべきか、ニュミレニアムにおける世界・国家・首都のあり方という中で、日本という視点から見れば市民が成熟しているのか。従来の中央集権的システムの中で市民が果たして来た役割を反省して、21世紀が新しく展開する中でほんとうに市民社会が成熟して新たな民主主義を定着していくことが出来るのか民主主義と市民社会の問題を踏まえて、ミレニアム首都のコンセプトと役割とその条件をレビューし、かつ戦略的にどのような機能を持つべきなのかという条件づくりも必要なのではないか。

・21世紀の大きなキーワードである文化・環境・人間・安全という条件を新しい首都の中にどのように盛り込むことができるのか。どうような人間像があって首都像があるのか。

(3)アジアにおける日本の首都機能の役割

・従来の議論ではアジアの問題はそんなに大きく取り上げられてこなかった。関西地域は千数百年前からアジアとの交流が深かった。例えば、日本の人口が400万人の時に朝鮮半島から約200万人の人々が移り住んできたと言われている。現在でも、大阪・京都を中心に在日の中国や朝鮮の人々が多く住んでいる。このような過去の歴史は日本の問題だけとして議論できない。

・アジアにおける日本の首都機能の役割を慎重かつ丁寧に提案していかないと、過去についてだけでなく、未来についても、これだけの認識なのかという批判を受ける恐れがある。

・首都機能移転の必要性を考える場合、国際競争と同時に国際協調という議論ができ、かつアジア太平洋地域にどのように受け入れられるのかという議論を抜きにしては、日本が世界第二の経済大国であり、アジアの重要な国であるにもかかわらず、閉ざされたドメスティクな国内だけの議論に終わってしまう。

(4)都市のコンセプト

・都市のコンセプトは多くの人が指摘するように「持続可能な都市」と「都市環境文化」をどのように創造していくのか。格調あり魅力ある首都の議論を抜きにして、従来の経済効率主義や利便性だけの議論では対応できないのではないのか。

・グローバリゼーションの中で日本の首都の役割については「アジア太平洋地域の自立と連携」や「日本のリーダーシップへの可能性と期待」等について提案されているが、例えば阪神大震災の時には関西経済圏と中国の長江経済圏をどのように結ぶのか、相互に発展させることが出来るのか、いろいろ提案されたがなかなか実現に結びつかない。努力だけでなく相互の理解と協調システムを作る必要がある。このような教訓を生かして、首都問題を新しいアジアの中で考えていく必要がある。

・その時に、アジアの特徴である多文化社会、広く相手の立場を認めるという寛容の精神をどのように実現できるのか。中国の北京や韓国のソウルの首都問題としての視点と国家として首都をどう位置づけるのかという視点を踏まえて、日本だけでなく広く海外から学んでいく必要がある。

・本学会では、昨年ドイツのベルリンと首都問題についてテレビ会議を行ったが、たとえ、新首都が出来ても国際的視点で見ていかないと、国際的な評価は得られないのではないか。アジアにある日本の首都として、アジアン・ネットワークをどのように実現をしていくのかも重要である。

・アジア太平洋の政治文化首都としての条件はハード面だけでなく、どのような魅力あるソフトをつくるのか。例えば、朝鮮半島の南北首脳会談も十数年にわたる長い協議過程で実現されたのであり、創造的な協議の仕組みを生み出さなくてはならない。日本が提案してアジアの人々の意見を聞くだけでは合意を得ることが出来ない。

・そういう意味では、新首都はアクセス重視型から意思決定重視型へ転換し、意思決定そのもののプロセスを大切にしていく必要がある。

(5) 三重・幾央地区の意味と課題

・当会場には、国土庁をはじめ、東京都、福島県、岐阜県等の人々も参加されているので、これらの人々のご意見も伺って実りあるシンポジウムにしたい。

・新首都の新しい役割について、なぜ、この時期に議論しなくてはならないのかに答え、国際的にも通じる

議論の素材を造っていくことが重要である。

2.持続可能な都市と新首都の条件:大久保昌一 ・大阪大学名誉教授

(1) 持続可能な都市のコンセプト

・持続可能な都市のコンセプトは1987年にブルントラン委員会(世界環境と開発委員会)が提唱され、1992年のブラジルのアースサミットで世界化した概念である。現在、EU15カ国共通の都市政策を行っているが、その目標はサステナブル・シティである。

・ブルントラン委員会では、「美しい自然資産を将来世代に残す」というナショナル・アセットを保全することが重要であったが、EUのコンセプトでは「祖先が受け継いだ歴史的・文化的遺産を継承して保全する」というヒストリカル・ヘリテッジを保全し、将来世代に渡すことが義務であるという意味を含んでいる。

・この概念は先進国も途上国の共通に受入れられているグローバル・スタンダードであり、新首都を考える場合にも基礎的条件として考えておく必要がある。

(2) 今、なぜ首都機能移転が必要か

・時代は大きく変わった。20世紀という特有の価値体系を持った百年が終わって、その価値の良い点をとらまえ、悪い点を排除して、新しい21世紀の哲学を構成し、その新しい理念に基づいて新しい制度をつくり上げていくパラダイム転換の時期である。

・その時代のパラダイム転換の空間的表現となり、目に見えることが可能な事業として首都機能移転は非常に効果的である。

・国家主権から国民主権への転換では、憲法だけは転換されたが、実定法レベルから司法にいたるまでまだまだ改革されていない。実質的な民主化を進めることが必要だ。

・特に議会制民主主義だけでなく、IT化の進展によって直接民主主義が進んでいく。ITは空間と時間を克服していく極めて有効な手段であるとともに、「数の障壁」を突破していく手段となる。つまり、大衆社会では直接民主主義は成立しないといわれてきたが、インターネットで意見が集約できる。

20世紀は戦争の時代であったと思う。アンソニー・ギデンズは第一次大戦で3000万人、第二次大戦で5000万人、冷戦の終結まで5000万人を国民国家や正義の名において殺してきたといっている。その反省に立って2世紀は平和な国家関係を築くということが大きな課題であり、平和な国づくりをイメージすべきである。

・首都機能移転理由を大上段に掲げれば、こういうことを実効あらしめる有効な手段となり、日本が先駆けてやる必要がある。財政逼迫状況の時に急いでやる必要の理由になっている。

・集権的なシステムの分権化ということでは、明治以来の集権化が100年を通じて国土構造に投影した。一極集中の国土構造は急に出来上がったのではなく、明治以来の集権化システムが次第に浸透し、現在の東京一極集中システムが完成した。それは今まで効率を上げてきたが、これからは効率の時代ではない。むしろ、地方の創造的なエネルギーを引き出す必要がある。現在、東京が頭脳で地方が現場化する方向が凄まじいいきよいで進んでいる。大阪人がだらけていて大阪が地盤沈下したのではなくて、このようなシステムの下で大阪が現場化した。東京だけでなく地方も大切にする多元的な国土構造をつくるべきである。

(3) 都市づくりの先行モデル

・戦後、大阪商工会議所で都市再開発の研究会を始めた。その時に、ドイツから取り寄せたシュピーゲル誌にハノーバーの都市計画が紹介されていた。ヒードプリヒトという都市計画課長がモータリゼーションを見越して環状道路と放射状道路を計画し、車が都心を蹂躪しないように対策を考えた。そして、そのプランをいろんな所で説明したら、「これは立派な計画なので私の土地をタダで使って下さい」という人がほとんどであった。

・いい街づくりは我々がやっているのだ。それを役所に負託してやっているのだという意識が日本にない。パブリックやピープルというコンセプトがなく、我々は持っているのはお上と私しかない。みんながパブリックを形成する市民だという意識がない。

・ハノーバーは水の都といわれており、マーシュランドといわれる川や湖が多くあるが、水面を埋め立てる時にはそれ以上の水面を新たに作った。他方、大阪は東洋のベニスといわれてきたが、水をメチャクチャにして東洋のベニスの個性を破壊して復興した。

・ベルリンの首都建設も非常に参考になる。1995年のウィーンの国際会議でベルリン州の都市開発環境大臣のフォルク・ハッセマーにあったが、その時の会議のスピーチで彼が述べたことを要約すると、「パリは芸術文化を発信しているのに対して、ドイツがEUの中でのし上っていくうえで、環境文化を発信していく」といっていた。このような考えの上に立って、ベルリンの首都建設においても、ベルリンの歴史的・文化的連続性を重視し、帝国議会の修復や自家発電等のハイテク技術の導入を行っても連続性を壊さないようにした。

・自然適合都市は1995年のカイロの国際会議において基調講演をした時につくったコンセプトである。都市をつくる時の自然であり、今までの自然は都市と対立する概念であったが、自然あっての都市であり、生命維持の基本を大切にすることだ。コスモロジーはニュートン力学のようにユニバーサルにどこにでも適用できるものでなく、大阪や京都ならではの地域の歴史や文化を踏まえた固有の意味や価値を大切にすることだ。

1996年にトルコのイスタンブールでハビタットUが開かれた。その結果がオックスフォード大学からアーバナイジング・ワールドというタイトルで出版されている。今まで都市が悪いといわれてきたが、都市こそが環境に優しい地球に優しい居住形態だ。バラバラに住んで地球を荒らすよりも、まとまってこじんまり住んだほうが良い。世界人口50億人がロンドンの高級住宅街のチェルシーの人口密度で住むと、セネガルやオマーンの面積で済む。

・これからは資本主義だけでなく、NGO・NPOという形態のソウシャル・エコノミーが発達して政府がやるパブリックエコノミーと市場がやるマーケット・エコノミーの二つが協力しながやるのが、これからの経済システムの形態であり、都市こそがNGO・NPOを生み出というメリットを持つ。

・マレーシヤの連邦政府行政センターがあるプトラジャヤでは、徹底的に行政サービスを情報化しており、IT革命の中で首都を考える場合参考になる。シティ・イン・ガーデンというコンセプトで環境共生だけでなくビジュアルにも楽しい都市である。湖沼水面も全体の12%を占めており、水を確保し水を演出するデザイン・ポリシーを学ぶことが出来る。

(4)機械モデルから生命モデルへの転換

・今までは、合理的な都市モデルを考えてきたが、これからは生命モデルとして都市を考えなくてはならない。1990年代から単純系から複雑系への転換が言われてきた。それでは次ぎのモデルは何か。それは理性や悟性だけで考えるのでなく、神から与えられた能力には感性や直感があり、理性・悟性・感性をそなえた合理主義でなくてはならない。

・都市社会学の言葉を借りれば、都鄙二元論から都鄙連続論となり、都市と農村が対等で環境共生の関係を構築する必要がある。

  1998年フランスのリオンで、インクルーシブ・シティというテーマでインターという国際会議があったインクルーシブ・シティとは外国人や身障者等の弱い立場の人々を排除しない包摂する都市であり、ヨーロッパでは共通の問題となっている。首都を考える場合外国人や身障者に優しい都市でなくてはならない。

(5) 新首都に求められる要件と新首都像

・戦略地域としての立地条件は、インテリアル・ポール、コリドール、エアポートハブ、シーポートゲイトウエイ、トランスナショナル・リージョンがある。トランスナショナル・リージョンが日本では一番弱い。

・国際化という視点から、国際機関の立地状況をみると、パリは866、ロンドンが495に対して東京は65に過ぎない。いかに日本は国際的なことに弱いかを表わしている。もっとこの際に新しい国際機関をつくって国際的議論を行いよりよい地球をつくっていくということをやるべきである。

・ウィーンでは、ドナウ川のほとりにドナウ・シティをつくり、小さな国が大きな国連都市をつくっている。日本はアメリカについでOAで大きな金を出しているのであり、見習うべきである。

3.新しい世界都市の可能性と課題:加藤晃規・関西学院教授

(1) 世界都市の概念

・首都たるものは世界都市でなくてはならないという暗黙の了解があるが、都市と国家と超国家(リージョン)という三つの関係の中で世界都市を考えてみたい。

20世紀の世界都市論の中では、経済覇権を持っている都市が結果的に文化的中枢機能を持つことが多いということで、経済的覇権を持った中核都市が世界都市の第一条件をもってきている。

・歴史を振り返ると、ブローデルの中核都市論では、15世紀のヴェネチア、16世紀のジェノヴァやアントワープ、17世紀のアムステルダム等はそれぞれの国と関係のないところで、経済的中枢機能を持っていて、国益と関係なく動いていた世界都市であった。

1819世紀のロンドンに世界都市性が付与される段階で、大英帝国という国のインタレストと一貫した世界

都市性がロンドンに期待されるようになった。20世紀になると、首都であるワシントンでなくニューヨークという経済中枢都市に世界都市性が評価されるようになった。世界システムという構造の中でシステムの結節点や中枢拠点に位置してきた都市が、20世紀では世界都市と呼ばれるようになってきた。

(2) ロンドンの世界都市性

・ロンドンの世界都市性は世界的な経済システムの中枢から衰退していく過程で、より世界都市としての性格を現してきたということを甲南大学の猪瀬教授が主張している。ロンドンが経済的に没落期にあった時に世界都市と呼ばれるようになり出した。

・それは、イギリスが持つ文化性つまり世界の取り引き中心や政治中心というのは勿論であるが、知的活動や思想の生成中心、世界の知識人が敬意を表する都市という部分に世界都市の本来の評価が与えられていた。

・世界都市の基本的な概念である経済覇権の中枢ということだけでなく、さらに、文化的意味合いが不可欠な条件でありうるということが汲み取れる。

(3) 20世紀の世界都市論

・この20年程、日本で世界都市論が盛んになってきた背景には、ピーター・ホール、サスキア・サッセン、ジョン・フリードマン等の経済地理学者が世界都市論を展開してきた影響である。

・ジョン・フリードマンは世界都市がいくつかの群をなして存在してリンケージし、しかも階層構造を造っていると主張している。

・サスキア・サッセンは世界都市はグローバル企業が立地しているところではなくて、それらの企業にサービスを提供する企業が集積するところであり、それが世界都市の本質であると言っている。

・カリフォルニア大学のマッカネルによると、シンボリック・キャピタルを基礎にした世界都市論であり、経済地理学者がモノ中心のコモデティ・キャピタルを基礎にした中枢性であるのに対して、それ以上に意味の集積余剰というものがあり、それが経済のサービス化や情報化や人々の交流の増大を背景にして世界的な波及力を持ち得るようになった。

・そのようなシンボリック・キャピタルを持つようになると、世界都市というものがよりサステナブルに維持できるようになる。それがロンドンの世界都市性が生まれてきた説明になるのではないのか。

・東京のシンボリック・キャピタルは勿論あるが、20世紀的な都市の姿を引きずったものであり、ミレニアム首都としては相応しくない。

(4) 世界都市のアーバン・プラニング

20世紀の世界都市機能を果たすエリアはそんなに広い空間を必要としていない。都市の510haの部分で世界システムの情報結節点や交通拠点をつくり、世界都市機能を発揮できる。それで、新首都には、巨大エリアは必要でなく分散型・クラスター型の世界都市地区をいくつかつくれば良く、しかも、文化戦略的からつくる必要がある。

(5) 新しい世界都市の課題

・文化及び知的活動の中心性を戦略として持った世界都市がグローバル・スタンダードを目指せば目指す程マイノリティに排除の論理が働いてそのようなものを是正するローカル・スタンダードを持つ世界都市が課題としてあがってくる。

・結果的には、20世紀の世界都市論は競争社会における世界都市が目指されていたが、21世紀の世界都市は共生社会の中で世界都市を議論し、新首都はその役割を担って行かなくてはならない。

4.三重・幾央新首都構想について:一見泰雄・三重県総合企画局審議監

・三重・幾央地域の新都構想を三重県が事務局を担当した関係上、私の方から説明したい。本日は第三回目の公式説明であり、第一回目は1023日に新都推進協議会の設立総会で、第二回目は1117日に国家で知事がそれぞれ説明した。配布したパンフレットとスクリーンで説明したい。

・昨年12月に国会等移転審議会の答申が出て、三重・幾央地域は他の地域にない特徴を有する点が評価され、移転候補地の一つになった。本構想は審議会で評価された当地域ならではの特色やポテンシャルを大いに生かして、21世紀に相応しい都市像を提案し広くアピールするために、三重・幾央地域に係わる四府県の共同事業として取りまとめたものである。

(1)三重・幾央地域の資源・特性

@日本の中央かつ関西圏・中京圏の結節点

A最先端の学術研究機能などの知的資源が集積し高度な政策立案能力がある

B世界に誇れる歴史文化資源の蓄積し、日本のアイデンティティが確立できる

C国際的な交流の蓄積があり、アジアとの交流の歴史があり、交流基盤施設が整っている

D多様で魅力ある自然環境などが存在しゆとりある豊かな生活ができる

(2)三重・幾央新都の基本理念

  ・基本理念として日本新生新都を掲げ都市づくりの目標として

@均衡ある国土構造を形成する都市

A高度な政策立案機能を実現する都市

Bグローバルな交流を拡大する都市

C多様な機能に支えられた環境と共生する都市

D伝統文化を継承し、新たな文化を創造する都市

(3)三重・幾央新都建設の基本方針

@ネットワークの連携強化

Aクラスター方式の採用

B環境共生・資源循環の重視

C世界・国民に開かれた基盤の整備

(4)交通網整備のあり方

@高速交通網

・中央新幹線の整備が軸となり、東京と大阪を結ぶが、リニア方式に拘らない。

・びわこ栗東駅(仮)から新都市に東海道新幹線の枝線を整備する。

      ・関西国際空港と中部国際空港の二つの24時間空港を利用する。

A  内交通網

・各クラスターを結ぶ新線の整備、高速道路の整備

・クラスター内では、ITS、LRT,コミュニティバス、カーシェアリング等の整備

(5)新都構成の基本的考え方

@            機能配置の方針:クラスター方式を採用したコンパクトな都市づくり

A            導入機能の設定:「首都中枢機能」と「首都支援機能」の2つに大別

B 立法関係機能の立地選定:大規模で、形状に優れた土地の取得が容易であること、東京や全国からのアクセス時間が改善できること、関西圏と中京圏の高次都市機能等を効果的に活用できることの三つの条件を充たす「幾央2」とする。

C 首都中枢機能の配置:行政関係機能は「幾央2」及び「幾央1」「幾央3」に、司法関係機能は「幾央1」に、外交関係機能は「幾央3」に分散配置する。

D 首都支援機能の配置:「幾央4」「三重1」「三重2」には、居住、環境、人材育成等の機能を配置

(6) アジア太平洋地域における期待される新都の役割

・アジアとの交流の古い歴史があり、国際的に重要な役割を果たしてきた。日本のアイデンティティが確立でき、文化的基盤が整っている。また、東京よりもアクセス時間が12時間短い。

第二部:パネル・ディスカッション

T.各パネリストからの報告

1.      韓国の首都圏整備計画と問題点:金政R 韓国アジア太平洋環境会議副総裁

(1)首都圏問題の実態

・韓国の首都圏ではソウルを始め、仁川市、京畿道等の5地域に人口や各種施設の一極集中が生じ、それを解決するには、どのような政策を取れば良いのかが問題である。

・第一に人口問題については、1995年現在、国土の11.8%に該当する首都圏に総人口の45.2%の約2000万人以上が居住している。特に、国土面積の0.6%しかならないソウル市に全人口の22.9%が集中している。このような現象は19701994年にかけて総転入人口の53.1%が首都圏に転入したことによるものである。

・第二に社会基盤施設問題については、首都圏の製造業の比重は1970年の28%から1985年の54%に、1999年には55.6%になり、1997年の全国総生産も46.2%となった。また、企業本社の88%、研究機関の69%が首都圏に集中している。そのため、各種の過密の弊害が生じており、平均地価は他の地価の100倍となり、道路建設費用の90%以上が用地費を占めている。

・第三に地域間格差や地域間感情の悪化の問題であり、このような現象は首都圏と非首都圏の地域格差を深刻化し、地域間葛藤を煽っている。また、大気汚染や水質汚濁等の環境問題も深刻化している。

・第四に軍事的な脆弱性の問題であり、軍事休戦ラインから近い首都圏に人口及び産業が集中していることは、国家安保上大きな脆弱点として指摘されている。

(3) 韓国の首都圏整備対策の経緯

19601970年は経済成長を重視し、首都圏一極集中は成長の基盤であり、開発の象徴と考えられていた。一方、軍事休戦ラインから近い首都圏への人口及び産業の集中は安保上の問題として取り上げられ、軍政下で人口及び産業の直線的な場当たり的な分散政策が取られ、その主管官庁も一定しなかった。

・このような状況下で行政首都建設法などの強硬策によって第二中央庁舎と第三中央庁舎ができ、第二中央庁舎はソウルから10km離れた京畿道等の果川市に、第三中央庁舎は忠南道の大田市に建設された。一番遠いところはパワーのない部署がやられ、ある程度パワーのある部署は近くに、パワーの強いところはそのままソウルに残った。

1982年までは物理的規制をしてきた。開発制限区域を指定したり、人口集中誘発施設の立地制限を行ってきた。それでは、合理的な首都建設は不可能だということで、国土の均衡ある開発と秩序ある国土形成を考えた上で、首都圏一極集中を積極的に抑制するために、1982年に「首都圏整備計画法」を立法化し、この法律に基づいて1984年に「第一次首都圏整備計画」を樹立した。

・この計画に基づいて行政首都建設計画と公共機関等の地方移転による首都圏機能分散政策、首都圏立地に対する過密負担金制度と地方移転に対する租税減免制度による経済的規制政策、首都圏内地域区分による差等規制(移転促進地域、制限整備地域、開発誘導地域、保全地域、開発留保地域)による首都圏内での分散政策を実施した。一方で地方の成長拠点都市を育成し、地域間不均衡の是正を図った。

1994年に首都整備計画を全面的に改正し、これまでの政策目標が首都防衛と国家安保の強化に焦点を合わせて政治軍事的次元から集積の不利益の縮減を図っていたのを転換し、1997年に第二次首都圏整備計画を策定した。この計画では、首都圏のこれまでの五つの区分を三つの区分(過密抑制圏、成長管理圏、自然保全圏)に改正し、首都圏では大学や工場の新設・増設を総量規制し、人口誘発施設に対して負担金を負荷した。

(4) 首都圏整備計画の問題点

・これまでの首都圏集中の現実を認識し、これに対して各種規制を緩和又は解除すべきであるという「自由放任論」と首都圏集中の問題点に注目して、これを解決する政策を持続又は強化しなければならないという「政府介入論」の間で論争されてきた。

  ・自由放任論では、首都圏集中は集積の利益が集積の不利益よりも大きいことによる市場原理によって起こる自然現象であり、過密は人口・産業の集中に対応する都市基盤施設や社会経済的扶養政策が準備されていないために生じる一時的現象で成長病に過ぎないと見ている。したがって、安定的成熟段階に入ると大都市圏の中心都市が相対的に停滞しながら、周辺地域の膨張が起き集中の逆転によって自然に過密は解消されると主張する。

・政府介入論では、自由競争に立脚した市場経済メカニズムは市場の失敗を招くというケインズ主義的立場をとっている。首都圏問題は急速な成長過程で一時的に見られる成長病ではなく、誤った社会開発政策が招いた固有病であるために、急いで治療しなくてはならないと主張する。したがって、経済成長の速度を多少

犠牲にしてでも早期に首都圏の過密を制御する方法を模索する政策的努力が必要であると主張する。

・首都圏集中によって集積利益の個別的帰属と集積不利益の社会的負担という費用便益の不均衡問題が発生し、過度の集中によって混雑費用が増大して経済活動の生産性を低下させ、住民の快適な生活環境を侵害する前に予防する措置が必要である。

(5) 日本での新しい首都の役割

20世紀は破壊と発展がともにあった時代である。前半は世界大戦があり後半は地域紛争が今もなお続いているが、その反面、人口は爆発的に増え、産業も発展し社会基盤もだいぶ良くなってきているし、科学技術も目まぐるしい程発展している。

   21世紀はアジア太平洋の時代と言われている。アジア太平洋の門戸といわれる日本の首都はアジアに流れてくる西洋の文化と文明が東洋的思想のパラダイムに創造していける窓口として考えられる。

2.中国の都市システムの変容と首都機能:戴二彪((財)国際東アジア研究センター上級研究員)

・改革開放以降の中国の都市システムの変容と首都機能について話したい。都市システムは一国あるいは一地域において異なる規模や機能を持ち、互いに機能の分担関係にある都市群を指し、首都機能問題を考える場合、都市システムの中で議論すべきである。

(1)中国の都市発展の歴史

  ・中国の都市発展段階は四つの時期に分けられる。即ち、@1840年以前の農業社会時期、A1840年代〜1940年代の近代工業文明の導入時期、B3.1950年代〜1970年代の計画経済体制のもとの工業化推進時期、C1980年代〜現在の市場経済体制への移行に伴う工業化発展時期である。

  1840年以前の農業社会時期においては、都市システムは中央集権的行政ヒエラルキーに対応するもので、首都は全国の政治・軍事・文化の中心地であったが、当時の農業社会の経済は自給自足経済の小農経済であるので、全国的な統一市場が形成されていなかったために、経済中心としての機能は弱かった。

1840年代のアヘン戦争以降は中国に近代工業文明が導入され、18401940年代には人口と産業が上海等の一部の沿岸都市に集中しつつ、工業化初期の都市システムの特徴が現れた。上海は1840年代に人口5万人都市であたが、1940年代には人口が500万人の都市となった。この時、中国の首都は北京から南京に移り、政治・軍事機能を持っていただけでなく経済機能も強化したが、全国の経済の中心機能は上海に集中していた。

1949年に社会主義の新中国が誕生し、中央集権的な計画経済体制が実行された。19501970年代は中国の行政ヒエラルキーが再び強化され、全国の政治・経済機能は全て首都北京に集中するようになった。その結果、上海に立地していた銀行・貿易商社はほとんどなくなり、単に工場の集積地になった。

・このような中央集権的な経済システムと一極集中の都市システムの非効率は次第に現れてきて、1978年以降、中国は改革開放政策を始めた。

(2)改革開放以降の都市システムの変容

  A都市システムの変容の背景

  ・都市システムの変容の一番大きな背景は計画経済体制から市場経済体制への体制変換であり、徐々に中央集権から地方分権へ、企業自主権の拡大、非国有企業の躍進、資本・物・人の空間移動の自由化、地域間経済交流の活発化と地域経済圏の形成等の変化をもたらした。都市の発展はフローの流動によって大きく左右されるのであり、その流動のメカニズムとパターンが変動した。

・次の大きな背景は経済のグローバル化に伴う世界経済への統合化であり、改革開放以降、特に90年代に入ってアメリカ、日本、香港からのFDI(海外直接投資)が急増し、1993年以降FDIはアメリカに次いで連続7年間世界第二の規模となっている。また、対外貿易規模の拡大と貿易依存度の拡大が生じ、文化面でも国際交流が緊密化している。

・このような国際経済システムへの融合にともなって、中国の都市システムも世界の都市システムの統合されつつあるように思われる。

・もう一つの大きな背景は中国の急激な経済成長の達成と技術進歩だ。経済成長率は過去20年間で平均10%という高い水準を示し、都市部の所得水準の上昇と雇用機会の増大、都市発展を支える交通・情報などの社会的インフラ技術が向上し、都市システムに大きな影響を与えている。

B都市システムの諸構造の変容

・都市システムの規模・構造の変化については、中小都市が急成長するとともに、大都市の人口が急増し、10000万人を超える北京、天津、上海、重慶市が現れた。

・都市システムの空間構造の変化については、従来の行政ヒエラルキーの都市システムから変化し、均衡分布から沿岸集中へ変化した。

・都市システムの機能構造は従来の行政区範囲の人口・産業の中心地から行政区範囲を超えた中心地になっている。また、一部の沿岸部の大都市は国内外の人・資本・情報の集積地に変わりつつあり、世界都市システムとの統合が進みつつある。

  C首都機能の動向

・このような変化の中で首都機能については二つの大きな変化が生じている。一つは首都機能が北京の一極集中から北京、上海、広東省の三極に変容している。北京は依然として政治・マクロ経済、教育文化、情報の中心であるが、上海は金融・貿易、教育文化、情報機能が増大してきている。また、香港を含む広東省の珠江地域周辺の都市群では金融・貿易、振興産業の研究開発、情報機能の中心地となってきている。広東省は中国の対外貿易の4割以上を占め、中国のIT産業の中心地でもある。

・首都機能はまだほとんど北京に集中しているが、経済中枢機能は既に上海と広東省に移った。中国の証券取引所は上海と香港にあり、外国為替取引所は上海にある。

・また、中国は南に行くほど、言論の自由度が高くなっているので、時に中央政府は上海と広東のマスコミを利用して、改革開放政策に有利な世論操作を行っている。そのため、両地域の情報中心地としての機能もかなり高い。

・もう一つの首都機能の変化として、新しい首都機能及び高次中枢機能が形成されている。例えば、北京、上海広東省においては多国籍企業の地域本社が立地し、国際政治や国際文化交流の面では、北京と上海の中心性が高まってきている。

(3) 今後の課題

  ・改革開放以降、経済体制の移行、経済のグローバル化、高度経済成長等により、中国の首都機能と都市システムには大きな変化が生じてきており、基本的には良い方向の変化であるが、いくつかの問題が出てきている。

・人口・産業・資本の沿岸都市への集中によって沿岸部と内陸部の地域間格差が拡大している。また、大都市内で多国籍企業の高所得者層と農村部からの貧しい出稼ぎ者層との所得格差も大きくなっている。

・一部の沿海大都市では国際都市としての機能が増大している中で、アジア太平洋地域の他の主要都市との競争が激しくなり、競争・協力問題が出て来ている。既に、上海と香港間では金融中心都市、海上輸送都市、国際観光都市として競争が激しくなっており、ディズニー・ランドの誘致を争った。最近、オリンピックの誘致についても北京と大阪で競争が生じている。

・今後、このような新しい問題をいかに適切に対応していくかが課題である。

3.    新しい国土構造と首都機能:新川達郎・同志社大学大学院教授

・ここで、基本的に論じたいのは、新しい首都像、都市像であるが、むしろ現在の日本の国土構造という観点から考えたい。もう一つは、昨年まで東北大学に奉職していた関係で東北地方の首都機能移転問題にずーと係わってきた。その視点から、この問題をどうゆうふうに考えてきたかを話したい。

(1)新たな国土構造への移行と首都機能移転

  A基本的な考え方の変化

・従来言われてきたのは東京一極集中という議論であるが、その議論は皮相的なものに終わってしまっているのではないのか。むしろ、その背景にある社会文化的側面、そして同時に地球全体の問題に繋がるような観点から国土構造の問題を考えていく必要があるのではないのか。

・その意味では、単なる空間論、経済集中の問題ではなくて、むしろ、もっと深い基底にある文化の問題にアプローチする必要があるのではないのか。単純な歴史文化言う文化でなく、もっと複合的な生活文化というところに関心を持って話したい。

・国土構造という観点から考えると、従来からの論点からは首都機能移転は集権構造からどう脱却するか、国土利用の効率化をどう図るかであって、その中で新しい国土デザインの方向として、例えば、五全綜では環境共生や地域連携交流ということも重視され、その点ではだんだん価値観も変わってきた。

  B具体的な戦略

・具体的な戦略としては国土軸を変えることである。従来の国土軸は東京から西に向けて伸びているが、それに対して北東に向けて考える必要があり、それが空間的な話だけでなく、、その背景に文化的な基層し係わる変化が内在おうしうるのではないのか。

・既存の国土軸線上から西から東へ、南から北へという一つの大きなフロンティアを目指したということを、今回の首都機能移転論議の中で考えておくべき方向性の重要なつであったのではないのか。

 C国民生活の諸価値の再構築

・思考様式としてのフロンティアをどういうように求めていくのか。そのことが実は国土軸や国土構造が国民生活の価値をどう再構築していくのかという議論と結び付く。新しい価値を創造していく国土軸や国土構造の議論の中で、逆に北に行くことの価値が明らかにされてきたのではないのか。

(2)東北地方における首都機能論議

 A首都移転論議の蓄積

・従来から東北一円で首都移転論議がたくさんあった。歴史的に、京都から東京にその次は東北に行くだろうとなんとなく考えていた。具体的には土木学会が提案した北上京構想とか仙台遷都論が出てきて、リダンダンシーを求めるには第二の首都というものを造ってそれを東北にもってくるのが良い。

B東北の従来型のメリット

・自然環境に大きなウェイトのあったものであった。それは土地が国土の20%を占め広く、人口が9%で少ない。水資源の余裕や自然環境の保全という面で大きな開発余地がある。

C新たな附加価値

・新しい国土軸や国土構造を考えていく時に、どのような附加価値を求めていくのかの議論は、日本の政治行政、経済社会、文化を通じての体制改革、従来型の集中問題の解消、阪神大震災のインパクトによる災害対応力の強化、それに加えて世界の中の日本をどのように捉えていくのか、ということである。

D東北内の候補地

・東北では、福島県の郡山周辺と宮城県南部の宮城新都市の二つの候補地があった。福島県は阿武隈高原にあり広大な土地があって、既設の空港があり新幹線も利用できる。

・新しい首都像を求めるなら、それはこれまでの国土軸や国土構造に沿った地域ではなく、北東に進んだ地域に求めるべきであり、そうでなくては新しい社会を建設することに繋がってこないのではないのか。

・それで、東北の運動は、とにかく那須を含めて東京から北東の方向にもってきたら成功だということにした。

(3) 新しい首都像の提案

・新しい社会経済システムの中で機能する都市であるので、従来の都市のイメージと全く違った都市を提案した。

・第一に軽装都市ということで既存の都市が必要とする都市機能はいらない。政治行政機能を支えられれば良い。国会の機能が十分果たせるものだけで良い。

・したがって、その都市は政治行政のためのコンパクトで、しかも、それに必要な機能はコンプレックスに持っていて、新しい世界に開かれたいろんな機能が組み込めるコンプリヘンシブな都市であり、しかも、純粋に機能的なものでなくてはならないからクラスター化されるであろう。それで、従来の猥雑性やアミューズメントは既成都市群にまかせれば良い。

 ・その中でなにが提案できるのか。新しい首都は日本の首都として、世界に対するモデルとしてどういう存在なのかを主張しなくてはならない。

・その意味で、環境共生都市である。環境共生もいろんなパターンがあって、東北の場合はブナ林と里山の落葉樹林帯を組み合わせた里山文化と都市とをどのように共生させるのかを大きなテーマとしてきた。そして、その中から新しい生活文化をどのように提案できるのかが大きなポイントであった。

(4) 今後の課題

・私が係わった宮城新都市は挫折したが、今まで話てきた構想の持っている意味はなくなっていないのではないのか。つまり、都市のモデルが従来型の世界都市、覇権型の権力的な都市モデルから、これからは変わっていかなくてはならない。そのことの中に分権化された社会の中での日本の首都の姿があるのはないのか。

・それと同時に、日本国民一人一人の暮らし方や価値観を変えるような、つまり、東京的な価値でないようなところで暮らしていけることを主張してきた。

・とりあえず、新しい価値観を実現できるような首都であれば、どこに移転しても良いと考えている。もう一方で、これまで以上の提案が他の候補地からどれだけ出てくるかを楽しみにしている。

4.    新首都の文化機能:金井萬造((株)地域計画建築研究所社長)

(1)首都機能移転構想研究会の活動

・私は首都機能移転構想研究会に所属していて、三重県から報告された新都構想を支持するものだが、研究会では十数年前から畿央地域の発見ということで大阪圏と名古屋圏のちょうど真ん中の地域に国際司法都市をできないものかどうか検討してきた。それと同時に10年ほど前から首都機能の問題について研究してきた。

・これまで、未来首都畿央という本を出版し、今年10月には緊急提言ということで「21世紀における日本と畿央新都」という提言書を出したので、これに基づいて文化機能と都市イメージについて話したい。

(2)文化機能は不可欠

・新都市の文化機能は非常に大事であり、国会の活動、首都の活動や生活する人々の活動を生き生きと見えるようなものを議論しないと、入り口の議論ではしょうがない。

・文化を創造したり融合したりする機能が大きな役割を果たし、単に、文化を紹介したり理解する機能は当たり前だ。

・アジアの場合、それぞれの国が中心の核を持ち、それが横に連携しあって対等の立場

で国際交流をやっていくことが非常に大事である。対等平等の関係で話し合って理解し融合を通じて新しいものを創造していかないと本当の国際都市としての役割を果たしていけないのではないのか。

・政治機能の上に、文化機能として世界に対するメッセイジの発信、国際交流や創造活動や融合活動ができるところであり、世界の文明の創造に貢献していかなくてはならない。

・関西では、畿央中心に50km圏域を見た場合、京都・奈良・滋賀・三重には多くの文化的・学術的集積があり、それらをネットワークしていくならば、新しい投資をしないで、新しい21世紀の世界都市として文化的コンプレックスを形成していける生きた都市となる。

・関西の場合、文化的機能が分散しているので、コンプレックスしネットワークしていくことが、他の地域に比べて重要だ。政治行政都市という位置づけの中で生活の質の向上から議論していく必要がある。

・第三点目に、文化の理解や生活の問題が大切で、どのような文化的機能を持たせることが出来るのか、各地域とも議論すべきだ。

(3)二つの文化プロジェクトの提案

・「日本とは何か」、「日本文化とは何か」を理解してもらうために、緊急提言として二つの文化プロジェクトを提案している。一つは日本文明館であり、もう一つは世界交流館である。

・新都に立地する世界180カ国の大使館の集積を活用し、世界の各地の人々が交流し実際いろいろなことがそこでやられ、周辺地域においても自然的・文化的特性を生かして国際交流を展開していく。

(4) 都市の活動イメージ

・東京の拡大ではダメであり、コンパクトな都市にする必要がある。人口も非常に抑制し拡大しないで、交通もネットワークしながら自然条件のいいところで、いろいろな活動がされる。首都の規模も今の二分の一から三分の一にして、その分既存の都市を活用するという発想が必要だ。

 ・環境共生については都市を運営していく段階を考えておく必要があるのではないのか。

  生活する以上はリラックスでき、ユニバーサルな視点があり、生活を楽しむことができ、アメニティがあり、都市のライフスタイルを具体的にイメージできるように考えていきたい。

(5) まとめ

・文化機能を大事にした首都とは、その中で新しいライフスタイル機能を体現でき、文化面で、国際交流や国際創造や文化の融合ということも体現できるものにする必要がある

 ・他の候補地の人々とも共通の土台の上に立って、互いにこのような点について議論を高めていくことが重要である。

U.パネラー間の討議

仲上;これまで、第一部と第二部を通じて21世紀の新首都の展望について話題を提供していただいた。今回のシンポジウムの最大の特徴は、アジア太平洋の視点から首都機能を語論出来るかどうかである。 

今までの議論を踏まえて一言づつ、日本の首都機能についてアジア太平洋の視点から見れば、このようなことが議論が出来るのではないか。このような視点が必要ではないかということについて議論していただきたい。

金 ;日本の新しい首都は21世紀に向けての新しい文明、新しいパラダイムを発信できる情報発信機能を果たせる首都をつくってもらいたい。今は国境があっていろいろな制約があるが、実際にはインターネット等を使って国境はなくなっている。誰もが来て日本の文化を学び、日本人がアジアを見て習い、それをまた導入するような首都にしてもらいたい。

載 ;新首都は西洋文明と東洋文明を結ぶ文化交流拠点としてガンバッテもらいたい。三重畿央新首都構想では、交通インフラの整備の説明はあったが、情報インフラの説明は詳しくなかった。しかし、もし世界中に情報を発信していくならば、、交通インフラよりも情報インフラの方がずっと重要だ。

加藤;東アジアとの関係で新首都を考える場合、まず、東アジアにおける都市群システムがどのように成りそうだということを頭に入れておく必要がある。

渤海および黄海沿岸地域に21世紀には人口集積を持った大都市が7〜8程出来るであろう。北京・天津、上海、ソウル、大阪・名古屋、東京・東北等の中に、三つの移転候補地を当てはめ、その中で文化機能、シンボリックな意味を持てる首都が何処に相応しいかを考える必要がある。

戦後の日本のドメスティクな都市システムは4321と言われている。4大工業地帯、3大都市圏、2眼レフ、一極集中であり、これからは地方分権が進んで0になるだろうといわれている。一方で、東アジアの中で複数の大都市群が世界都市の可能性をもって現われてくる。その中で、そのネットワークを考えながら、日本の新首都を考える必要がある。

大久保;国際的な視点に結び付ける前提条件として、中央政府を大きく変える必要があり、そのためには二つの条件がある。一つはドメスティクな機能を出来るだけデボリュウションする権限・財源の大幅な移譲である。第二は国際的な機能を飛躍的に拡大する。外務省だけでなく新しい国際機関を各省庁につくって全力投球する。そのことを通じて西洋文明と東洋文明を比較的な視点に立って良い点を融合化する。

例えば、明治政府はまずフランス法を導入し、ドイツがのし上ってくるとドイツ法にシフトし、戦後はアメリカ法を導入した。その結果、英米法、フランス法、ドイツ法とか体質の違った法体系を日本は経験することが出来た。これも西洋文明と東洋文明の融合ということの参考になる。

  第二にグローバル・スタンダードと盛んに言われているが、極論すればアメリカ的なスタンダードが押し付けられている面もあり、アメリカン・ウェイ・オヴ・スタンダードではないのか。

  まず、われわれはグローバル・ビジョンを描く必要がある。そのためには、グローバル・フォースを見極める必要がある。例えば、20世紀の力を反省すると、精神的、物質的あるいは政治的な解放を進める力であった。マイナス面では、トータルめパーソナリティ、共同体、生態系を破壊した破壊のグローバル・フォースであった。

  したがって、グローバル・ビジョンを描く時にプラスを伸ばし、マイナスを抑止する。そのビジョンに基づいて部門別ポリティカル・イッシュウを設定し、それからアジェンダを設定する。アジェンダ・セッティングからアジェンダ・セッティングからディスカッションを通じて政策テーマを確定し、目標をはっきりさせ目標達成の最も有効な政策手段を取る。  その時に果たして合意形成ができるのかという問題が生じる。議会制民主主義と直接性民主主義がなかなかドッキングしない。例えば、地方で住民投票をすれば、必ず議会が反対する。同じまちづくりの目標を掲げながら、敵対関係にある。ところで、ベルリンの首都づくりでは、フォルク・ハッセマーが市民の意見を直接きいいて、それを首都づくりに反映させるためにシュタット・フォーラムをつくったが、法制化できない弱さがある。

  したがって、議会制民主主義と直接性民主主義を民主主義の両輪にできるシステムを作り上げる必要がある。そのためには、与党と野党のアダバーサリ・システムでなく、多元的な文化を超え徹底的に話し合い妥協点を見出す意思決定システムが必要ではないのか。

  そのシステムに関連してこういう問題はここにまかすというサブシダイアリィ・ルールを確立する。この問題にはユナニミティ・ルールでないと決定しないというように意思決定方式をオランダ方式に変える。

  首都機能移転問題もプロセスを重視したい。このプロセスを重視する試みとしてこのシンポジウムを開催した。

新川;東北での議論ではアジア太平洋という議論は弱かった。既存の東京という国際都市をゲートウェイとした議論に傾きがちであった。しかし、二つの国際的な視点から議論があった。一つは環日本海であり、それは朝鮮半島よりもロシアあるいは黒龍江省あたりまでであった。もう一つは北米との距離が一番近いということで、その議論のウェイトが高かった。

  いわば、世界戦略というものをどう見ていくかという時に、北方を念頭に置くのか、南進をするのかという戦略の違いがはっきり出ている。

金井;我々の研究会は昨年、ベルリンに調査団を派遣したが、日本では東京問題をどうするか議論になっており、アジアの各国の首都とも意見交換していく必要があり、例えば韓国でシンポジウムをやってもいいのではないのか。

  21世紀型の首都機能を体現した都市をつくるなら実験的な首都になるので、このような議論を着実に進め、国民全体が納得できる首都機能移転ができる必要がある。

第三部:参加者による質疑応答

岐阜県;我々もアジアにおける新しい首都の役割について議論している。新しい首都機能を担うところと世界都市という話があったが、イメージ出来るのは首都というものでなくて首都機能が維持できる小さな都市群とすれば、ワシントンのような首都でもないし、ニューヨークのような世界都市でもなくて、分かり難い。

国際関係でいうと、アジアとの関係においても、例えば、空港の問題をとってもシンガポール、香港、ソウルと日本の都市間との競争があり、他方、国際協調の話があり、どのように整理したら良いのか。

逆に、国際競争を強調すれば魅力的な首都ができるが、東北アジアや東南アシアの人々が期待するはずがない。国際的な都市間競争において日本に魅力的な都市が出来ない方が国際競争の面から良い。

何が期待されているのかではなくて、国際協調の面から、新しい首都をどう使ってもらえるのかを汲み取って、首都づくりに仕組んでいくことが大事である。

大久保;競争の話でいうと、関西は一つという話と関西は一つ一つという話があり、互いに足の引っ張り合いをする。ネガティブな競争でなくポジティブな競争をやらなくてはならない。

そのためには、EUの都市政策では1990年代に入ってコンペチション・スルー・コウパレーションを必ず言うようになった。互いに叩き合いをする競争でなくプラスの価値を創造する競争が重要だ。

加藤;先程、競争社会と共生社会と世界都市論は違うはずだと言ったが、21世紀には渤海と黄海の沿岸地域には3億人近い人口があって経済競争が生じ、関西国際空港問題にシンボリックに表れているように互いに叩き合いをしなくてはならない。

そういうことでなくて、東アジアの中で何か共生できるものを探し出して、それを首都機能の中にきちっと位置づけていければ、うまくいくというシナリオである。

それでは、東アジアの中で出てくる協調マターとは何か。例えば、EUのようなアジア・ユニオンのようなものをつくれば良いがどうか分からないが、共同体を想定して競争すれば、その中に当然調整や妥協しなくてはならないものが出てくる。

経済的競争だけでなく文化的競争もやる。文化的競争をやれば、戦争も起こるので、アジア地域に特化した経済的・文化的調整機能を考えることが、新しい首都をつくる意味であり、これは東京とかでは出来ない。

仲上;協調を通じての競争というのは、日本からの議論であるが、中国や韓国からはどう見えるのか。日本との関係をどの側面で見るのかによってかなり違うのでないのか。

戴 ;21世紀ではアジアの経済発展と民主化が進んでいくが、国と国、地域と地域の間でいくつか課題が残っている。その中で中国から見る日本に求める役割は西洋と東洋の媒介をすることであり、20世紀ではほとんどその役割を果たしてこなかった。基本的にアメリカが何かいったら、日本がフォローするということであった。

   これからは、日本は自分らしさを出して、中国側に立つわけでもなくアメリカ側に立つわけでもなく、真ん中に立って客観性をもって仲介役を果たしていくことが求められている。

金 ;競争といったことよりも、交流とか友好といった方向に考えていった方が良いのではないのか。首都といったら、韓国でも国の行政機構が大きくなりすぎ無駄が多く、地方分権で権力を地方に分けてやり、中央政府は外国との外交や国全体の経済運営をして、細かいことは地方に任せれば良い。

   そうすれば、首都はそれほど大きな課題を抱えるわけでもない。首都同士、相互に情報を交換しあって、交流し融合していけると思う。

大久保;ハーグのWTOの会議では先進国どうしで意見が違った。国際的なテーマについて合意をするのは極めて難しいということを最初から認識すべきである。1976年のハビタットTでは、都市化とは何かと概念規定した時に、G7は文明創造の基地、G77は搾取の基地といい、これだけの対立があった。根本的な文化が違えば、考え方も違うのだということを前提として、しかし、人間として共通基盤があるのだと考えて努力すべきだ。

仲上;結果的に、三つの候補地の一つが決まるというのではなくて、議論のプロセスそのものが非常に重要であり、その中にいろいろな要素を取り入れてみる。アジア太平洋という視点は新しい視点であるが、文化や環境という視点、さらに紛争や平和という要素もこれから1年半後には出てくるのではないか。

   この面でそれぞれ誘致されている方はそれぞれの立場があるが、学会なり、世界やアジアに通じる議論をするためには、より広い視点と寛容に状況を理解して、さらに情報を発信できることに意味がある。

   不十分ではあるが、新首都の展望ということで、展望が出たかどうか分からないが、その期待ということで、本シンポジウムを終わりたい。