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イベント「知ろうとすること/Knowing What to Know in APU 」

6月27日(土)、イベント「知ろうとすること/Knowing What to Know in APU」がAPUコンベンションホールで開催されました。東京大学大学院理学系研究科教授の早野龍五氏と、著名コピーライターでウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の運営会社の代表取締役でもある糸井重里氏を来賓に迎え、福島原子力発電所の問題や、現代のメディアで情報がどのように発信・受信されているか、そうした情報が私たちにどのような影響を及ぼしているかといった問題について、APU学生たちとともに様々な観点からディスカッションを行いました。

このイベントは、今年2月に3泊4日のスタディツアーで福島を訪問したAPU学生団体「KOKOKARA」が主催したもので、KOKOKARAメンバーのプレゼンテーション、早野教授のプレゼンテーション、APU学生のパネルディスカッションという3つのセッションで構成されました。


セッション1: KOKOKARAメンバーのプレゼンテーション



イベントはKOKOKARAメンバーのプレゼンテーションから始まり、彼らが被災地に暮らす人々との交流を通じて考えたこと、心配な問題、忘れられない思い出について語りました。学生たちは、道の駅、農家、工場、県庁、新聞社、仮設住宅、福島大学、南相馬市を訪問しました。

ある学生は、「現地の店で売られている食品の放射線量リストはあったものの、福島県内の他地域の人々は食品を販売できずに困っていた」と発表しました。

別の国際学生は、県庁と福島大学を訪問した際に、自国で聞いていた報道の信憑性を確かめてみようと考えました。そして福島の復興を担う現地の人々の話を聞き、自国メディアが全く報じていなかった前向きな成果があったことを知りました。この学生は、放射能の問題にもかかわらず福島大学に残った2人の教授の見解を紹介した上で、福島をめぐる問題は、信頼性、捉え方、情報不足によるものではないかと問いかけました。さらに別の学生も、受け取った情報に対する自身の認識について語り、様々な角度から問題の根源を見るよう求めました。


セッション2: 福島の事故―「反物質物理学者」の個人的意見―早野龍五教授のプレゼンテーション



早野教授はまず、2011年3月11日と12日に起きたことを簡単に説明しました。事故から4年が経ち、ごく一部の避難者は福島に戻りましたが、住民たちは今も放射線の外部・内部被ばくに大きな懸念を抱いています。しかし、急性放射線障害を原因とする死亡は報告されておらず、世界保健機関(WHO)などの保健機関も識別可能な長期的健康影響が現れる可能性は低いと考えていると指摘しました。

早野教授は続けて、なぜ物理学者で反物質研究者である自分が福島の問題に関わり始めたのかを説明しました。過去に肺がんを克服した早野教授は、化学療法をきっかけに初めて放射線について学びましたが、その後、福島の事故まで放射線研究に深く携わることはなかったといいます。

2011年3月11日、事故発生当時、早野教授は東京大学大学院理学系研究科にいました。教授は好奇心から、状況に関するグラフを作成し、ツイッターに投稿しました。フォロワー数はほんの数日間で、7万3,000人から15万人に増加しました。実際、早野教授は『サイエンス』誌の「最もフォローされる科学者」ランキングで22位に入っています。

これに関して早野教授は、双方向プラットフォームとしてのソーシャルメディアの力を活用すれば、今もっとも人々が不安に感じている問題を知ることができ、実際にそれがきっかけとなり大きな行動を起こすことができたと語りました。

具体的には2011年夏、早野教授は、汚染地図やモニタリング結果を見た母親たちが汚染について心配するようになったことを知り、同年7月、文部科学省に学校給食の測定を行うよう働きかけました。文部科学省はその提案を却下しましたが、このアイデアがツイートされると2日間で7,000件の返信が寄せられ、そのうち90%が賛成意見でした。このウェブ上でのアンケート結果を文部科学副大臣に見せ、ようやくプロジェクトの資金を確保することができました。

こうしたソーシャルメディアの力によって、福島県内の医師や、国際放射線防護委員会などの専門家、テレビや新聞の記者、教師、学生、政府関係者たちとつながることができたと、早野教授は振り返ります。

次に早野教授は、福島の人々の放射線内部被ばくの詳細分析について話しました。毎年、1,000万袋(各30 kg)以上のコメの放射線量を測定し、2014年には100Bq*/kgの上限を超えたコメは1袋もなかったといいます。

続いて早野教授は、外部被ばくについて説明しました。幼い子供の被ばくに関しては、科学的には、ホールボディカウンター(WBC)と呼ばれる装置を使って親の体内の放射性物質を測定すれば十分ですが、心配する母親たちから子供にもスキャンを受けさせたいという希望がありました。そこで早野教授は、世界初の乳幼児専用WBC「ベビースキャン」を開発。設計は東京大学の山中教授が担当しました。2014年には2,000人を超える乳幼児がスキャンを受けましたが、これまで放射性セシウムが検出された例はありません。

早野教授はさらに、政府によるデータ公表はグラフを活用するなど少しずつ改善しつつあり、例えば福島県の多言語ポータルサイトにはクリック可能なリアルタイム放射線監視マップやコメの検査結果を検索できる機能があると説明しました。

結論として早野教授は、土壌汚染があるにもかかわらず、福島の人々の内部・外部被ばく量は無視できるほど小さいが、親たちはいまだに子供のことを心配していると指摘しました。だからこそ、ベビースキャンは人々を安心させるものでもあるといいます。言い換えれば、人々の信頼を取り戻すには時間と努力が必要であり、それゆえ福島の事故を研究する上では心理社会的側面も重要になるということです。


セッション3: パネルディスカッション



パネルディスカッションには、アメリカ、日本、バングラデシュ、ドイツ、アフガニスタン、ウズベキスタン、ベトナム出身のAPU学生が参加しました。早野教授と糸井氏とともに、様々な話題についてディスカッションを行いました。

学生たちは、福島の事故発生当時、どのようなメディアを利用していたか、そのメディアが何を報じていたかについて、次々に発言しました。学生たちはまた、原子力発電所の再稼働計画など、福島にかかわる懸念について早野教授に質問しました。

ディスカッションの内容はこのほか、ソーシャルメディア、現代のオンラインでの情報収集・共有、放射能の将来世代への影響、APUカフェテリアでの福島産食品の使用など、多岐に及びました。さらに聴衆たちもディスカッションに加わり、例えば大分合同新聞のジャーナリストが情報の報道に関して発言しました。

イベント「知ろうとすること/Knowing What to Know in APU」の総括として、早野教授と糸井氏にメッセージが求められました。早野教授は「このような国際的な環境での意見交換は本当に楽しいです。福島には家を離れなければならなかった人が10万人います。事故後に人生が大きく変わってしまったこれらの人々の生活を忘れないでください。複数の出来事が重なって信頼が失われましたが、人々の信頼を取り戻すには時間がかかります。避難命令マニュアルは存在し、適切に実行されましたが、避難者がいつ、どのような条件で自宅に戻れるかを定めたマニュアルはまだありません。それが私たちの気がかりです」と述べました。

糸井氏は、「苦しんでいる人々がいます。彼らのことを忘れないでください」と語りました。

『知ろうとすること。』の共著者である著名なお2人との交流はAPU学生にとって大変貴重な経験となりました。お2人のご活躍をお祈りするとともに、今後またAPUを再訪され、「知ろうとすること/Knowing What to Know in APU」のような有意義なイベントに参加いただけることを期待しています。



注記
*Bq: ベクレル。国際単位系(SI)の放射能の単位。1ベクレルは、放射性核種が1秒間に1つの割合で崩壊する放射能。


関連リンク: APU学生が、イベント「知ろうとすること/Knowing What to Know in APU 」を開催

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APU学生広報スタッフ - Student Press Assistant (SPA)
NGHIEM Quoc Hoai Minh(ベトナム)