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竹川 俊一 アジア太平洋学部教授


役職 : アジア太平洋学部 教授
学位 : 政治学博士、ハワイ大学
政治学修士、ウイチタ州立大学
法学士、静岡大学
国籍 : 日本
主な担当科目 : 政治学
趣味 : しいて言えばDVD鑑賞
おすすめの漫画 : 『沈黙の艦隊』かわぐちかいじ作


竹川先生の研究室のドアを開くと、まず大量の書籍類が目に飛び込んできました。「さすが、期末レポートで本を8冊も読ませた竹川先生(政治とメディアの授業にて)…」などと思いながら着席すると、目の前には相変わらずポーカーフェイスの竹川先生。正直、緊張のあまり変な汗が出ました。竹川先生といえば、第一回目の講義で過去にFを取った人の割合を公表したり、授業中に笑顔を見せることがあまりなかったりと、厳しくて、ちょっと堅いイメージがあるかもしれません。今回は、そんなイメージを振り払うべく、竹川先生の素顔に迫ります!


【新聞記者とアメリカの出合い】
知っている人も多いかもしれませんが、竹川先生はもともと、毎日新聞社で整理記者としての仕事をされていました。整理とは、記者たちが取材して書いてきた記事に見出しをつけ、紙面のレイアウトを決める仕事です。その後、取材をして記事を書くという取材記者も経験されました。そのころの日本はバブル時代で、多くの日本人がおごり高ぶり、贅沢を極めていた時に、竹川先生は、あるヨーロッパ人による日本の政治や経済を批判的に解説した本に出合います。それがきっかけで、欧米人による似たような本をいくつか読んでいくうちに、「彼らの方が、日本についてよく分かっているのでは?」と思うようになり、欧米人の思考方法を知りたい、そのために英語を本格的に学ぼうと、約9年間勤めた新聞社を退職、アメリカへ渡る決意をしたそうです。


【ストイックなアメリカ生活!】
アメリカへ渡った先生ですが、当時、英語は全くできなかったそうです。英文法はだいたい頭に入っているものの、話すことと聴き取ることに関しては完全に初心者でした。そのため、はじめはアメリカの大学の中にある、留学生向けの英語教育センターに通い、英語を猛勉強しました。日本人とはほとんど関わらず、家でもTOEFLの分厚い過去問集をひたすら解くという、かなりストイックな生活をされていました。その努力が実り、300点程度だったTOEFLのスコアが、たったの4か月で530点以上という結果になり、無事、大学の学部の授業を受講できるようになったということでした。しかし、学部生になった後も、教授の話すスピードにはついていけず、分からない単語を逐一調べたりして教科書を読み込み、授業に備えたそうです。竹川先生自身にそんな経験があったからこそ、先生の授業でも事前に教科書を読んでおくことが重視されるのかもしれません。


【意外? 研究者になったわけ】
はじめは、研究者になろうと思っていたわけではなく、「英語で書かれた書物が読めるくらいの英語力を身につけよう」くらいの気持ちでアメリカへ行きました。そして日本に帰ったら、フリージャーナリストか、翻訳の仕事でもしようかな、なんて思っていたそうです。ところが、英語をしっかり身につけるには時間が必要だと気づき、アメリカ生活は4年に。その間に、日本の経済は低迷し、日本の友人に「今、帰ってきても仕事はないぞ」と言われて、ハワイ大学に移り博士号の取得を目指したということです。


今までちょっと厳しいイメージがあった竹川先生ですが、じっくりお話ししてみると、優しくて(扇風機をこちらに向けてくれたから)、メディア業界志望の学生の相談に乗り、具体的なアドバイスをくれたりという一面を知ることが出来ました。この記事の取材時には、写真の撮り方を新聞の紙面の写真を見せながら教えて下さいました。皆さんも機会があれば是非、竹川先生と話してみてください! きっとイメージが変わります(笑)。


※所属・役職は取材当時のものです。
APU学生広報スタッフ - Student Press Assistant (SPA)
内山翠(日本)