首都機能移転についての意見書

 

アジア太平洋の政治文化首都の意義と必要性

―三重・畿央新都構想の位置づけと役割―

 

平成13年8月

 

 

日本計画行政学会関西支部・新首都構想研究会幹事

全日本コンサルタント(株) 

上 田 雅 治

 

 

はじめに                            

1.  アジア太平洋時代への期待                   

2.  西欧近代文明のパラダイム転換                 

.国民国家の枠組みの流動化と再編化              

・ヨーロッパの地域統合化とヨーロッパ文明の再興の動き     

・首都機能の世界都市機能化                  

・東アジアにおける地域フォーラムの発展            

・東アジアにおける多国間地域協議システムの形成の方向性    

・アジア太平洋の政治文化首都の必要性              

.日本再生と新都創生の前提条件                 

・日本の文明的特殊性                       

・日本の近代化の特殊性                    

・大東亜共栄圏の虚構と挫折                  

・近代的思惟の未成熟                     

.国家目標と国家理念の確立                  

国家理念の創生                       

・民主主義の創生                      

・機会の平等化による社会の民主化              

・平和主義の創生                      

.21世紀における日本の基本的国家戦略             

・新しいアジア太平洋文明モデルの形成           

・主体的変革による国際競争力の強化             

・新しい世界都市システムの形成               

・東アジア共同体の形成                   

・国連システムの改革と多元的外交の展開           

.首都機能移転の必要性の増大                 

.新都の立地場所                       

.新都の役割(あるべき新首都像)               

おわりに                           

 

 

 

はじめに

 20世紀から21世紀への世界的な時代転換の大きな潮流の中で、西欧近代(モダニティ)を普遍化してきた近代世界システムが変容し、20世紀型文明システムから21世紀型文明システムへの転換が求められています。新構造主義理論によると、グローバル経済の進展はインターステイト・システムの中核をなす主権国家の構造改革を迫り、新しい国民国家のアイデンティティの確立が必要となっています。

 平成2年に、わが国の国会が、自ら欧米キャッチアップ型国政システムを改革し東京一極集中を是正するため、20世紀型文明の典型である東京から首都機能を移転することを決議したことは、この世界的な時代の潮流に先駆けた英断といえます。

 わが国の新都(首都機能を担う新都市)は、ニュー・ミレニアム首都として、国民国家のパラダイムを転換し、社会経済システムの構造改革を牽引していく極となり、新しいアジア太平洋文明モデルの構築を先導していく新文明創造の極でなくてはなりません。

本論では、このようなアジア太平洋の政治文化首都となる三重・畿央新都構想を提案したいと思います。

 

1.  アジア太平洋時代への期待

21世紀はアジア太平洋の時代といわれている。20世紀の人類文明の中心舞台はヨーロッパ北大西洋地域において展開されたが、この20世紀型西欧文明システムは世紀末に起こったグローバルな時代転換の大きな地殻変動に十分に対応できず、A・G・フランクの「リオリエント論」によれば、今世紀には新しい文明システムがアジア太平洋地域という新しい歴史の舞台において形成されることが期待されている。

わが国は、アジア太平洋地域のフロント・ランナーとして、首都機能移転によって国家のパラダイム転換を図り、これまでの欧米先進国へのキャッチアップ・システムを構造改革し、この地殻変動に主体的に対処しつつ、新しい21世紀型国家像を確立し、「この国のかたちとこころ」を創生していく新しい首都像を構築していくことが求められている。

第一の時代転換の大きな地殻変動は西欧近代文明のパラダイム転換である。

20世紀型文明システムは西欧近代合理主義思想に基づき国民国家システムと資本主義市場システムを形成し、科学技術を自然に適用し自然を改変して人間環境システムを形成してきた。しかし、主権国家の排他的な国益の追求は大規模な戦争を引き起こし、核兵器の開発は人類滅亡の危機を招来し、無制約な市場原理による科学技術の応用開発は人類の生命基盤となっている生態系や地球環境を自ら破壊するという自己矛盾を生じさせている。

そのため、現在の国家と市場の組織原理や科学技術の思考原理の根本に立ち戻って、「開発・効率と競争システム」の20世紀型西欧文明システムを再検討し、「循環・共生と共感ネットワーク」の21世紀型文明システムを構築していく必要がある。

第二の地殻変動はグローバル化による国民国家の再編化の動きである。

自由市場システムのボーダーレスな拡大は国民経済を世界経済の大きな影響下に晒して国民経済を不安定化させ、インターネット等の高度情報通信システムや高速交通システムの発展は自由な人・情報・モノの交流を拡大し国民の国家に対する帰属意識を希薄化させ、国民国家のアイデンティティを弱体化させてきている。

このような状況の下に、ヨーロッパでは統一通貨ユーロを発行し国家間の経済的統合化を強め政治的協調化を進めて、国民国家の主権を相互に委譲し超国家機構であるヨーロッパ連合(EU)を形成して地域的統合化を推進する一方で、地域の個性や文化を尊重し、補完性の原則に基づいて地方分権を推進し地方の自律性を高めている。

そのため、わが国は、現在、行われている国政全般の改革についても、これまでの国民国家の枠内で国家システムの改革を閉じるのではなく、アジア太平洋地域の一員として、アジア太平洋地域の自立と連携と協調を図っていく多元的な国際関係を創造し、開かれた国家と社会のシステムを構築していく必要がある。

第三の地殻変動は東アジアの経済発展と都市化の進展である。

第二次大戦後、日本の高度経済成長から始まった東アジアの経済発展はNIES諸国、ASEAN諸国や中国に及び、1997年のアジアの経済危機を克服して、相互依存関係を深め自立的な東アジア経済圏を形成しつつある。

最近では、中国の経済発展は著しく、1979年の改革開放以来、過去20年間の平均経済成長率は10%に及び、経済産業省の通商白書2001によれば、1998年の中国のGDPは米国、日本、ドイツ、フランス、イギリス、イタリアについで第7位の規模にまで達した。そして、日本を除く東アジアでは、1990年代の経済成長率に対する中国の寄与率は約4割におよび、GDPに占める割合は1999年には37%に達した。

今後10年後には、日本と中国を中心とする東アジア経済圏はアメリカ経済圏とユーロ経済圏とともに、世界経済の三極構造を形成し世界経済の安定的発展に大きな役割を担っていくことを期待されている。

これらの諸国では、経済成長にともない都市経済が発展し、国民全体の所得水準と教育水準が向上しつつあるだけでなく、これまでのアジア的伝統的思考や生活様式に縛られない新しい都市中間層が拡大しつつあり、アジア太平洋地域において民族や文化の違いにかかわらず、共通した消費文化と民主的権利意識をもった市民からなる市民社会が形成されつつある。反面、外資導入による急速な経済発展と都市化の進展は、政治と経済の不透明な依存関係、首都への一極集中、地域間格差の拡大、環境問題の発生等の様々な社会的ひずみを生じさせている。

そのため、わが国は、主導的立場にたってOA(政府開発援助)等を通じた国家レベルで経済的文化的な国際貢献を強化することはもちろんのこと、都市や市民レベルにおいてもNGOやNPO等の多様な主体が参加・連携し、これらの諸問題を協議し共同解決を図っていくことが求められている。

 第四の地殻変動はソ連邦の崩壊による東西冷戦体制の終焉である。

第二次大戦は米ソ超大国による戦後世界の分割管理体制であるヤルタ体制を成立させ、東西冷戦体制に引き継がれた。ヨーロッパではドイツの東西分割と東欧の社会主義国化、東アジアでは朝鮮半島の南北分断化および大陸中国政府と台湾政府の対立を引き起こし、東西両陣営による軍事的対立が続いた。

しかし、ヨーロッパでは、1989年にベルリンの壁が崩壊して翌年に東西ドイツが統一し、1991年にはソ連邦が崩壊して東欧諸国の社会主義政権が解体するとともに、同年にソ連邦を盟主とする東欧諸国の軍事同盟であるワルシャワ条約機構が崩壊し、東西冷戦体制が終焉した。

さらに、1997年にはEU(ヨーロッパ連合)はアムステルダム条約によって東ヨーロッパ諸国の加盟に道を開き、東西冷戦によって分断されていた東西ヨーロッパの再統合化を図りつつある。

 一方、アジアでは2000年になって、東西冷戦体制が緩み、朝鮮半島では長年の南北両国の努力が実って南北両首脳の直接対話が実現し、朝鮮民族統一の第一歩が踏み出された。同年、台湾では、一国ニ政府を主張する独立派の民主進歩党の陳水扁氏が国民投票によって中華民国の総統に選出され、これまでの国民党独裁体制を改革し社会経済システムの民主化が進められている。

また、中華人民共和国は1978年に経済の再建を図るため、共産主義イデオロギーを修正して改革開放政策を取り、外資の導入や私有財産の容認を図り、社会主義計画経済システムから社会主義市場経済システムに転換し、2001年の秋には世界貿易機構(WTO)に加盟する予定である。さらに、1979年に中華民国に呼びかけた三通政策(中国と台湾の間の直接的な通航・通商・通信)に基づき、20011月に初めて直接往来が実現した。

 このように、最近になって、わが国を取り巻く国際情勢はヤルタ体制のくびきから開放され、分断された関係国家が自主的に問題解決を図ることができる条件が整いつつある。         したがって、佐々木毅東京大学教授の主張をふえん化すれば、わが国は、21世紀のアジア太平洋の時代において、長期的展望に立って、アジア太平洋地域の自立と連携を図りつつ主体的に多元的外交を展開し、近代世界システムの構造改革を推進していくことが求められているといえる。(図―1参照)

 

.西欧近代文明のパラダイム転換

21世紀の世界は、フランシス・フクヤマが主張するように資本主義システムが社会主義システムに打ち勝ちイデオロギー対立が終焉し、アメリカン・スタンダードに沿った自由市場と民主主義が普遍化して歴史は終わると予測されている。一方で、ハンチントンによれば、東西冷戦終焉後の国際社会における地域紛争の多発化に見られるように、アメリカン・スタンダードや西欧普遍主義に対立・対抗するイスラム原理主義やセルビヤ民族主義のような排他的かつ非寛容な宗教・民族イデオロギー勢力が増大して、欧米型文明とこれらの非欧米型文明間の対立が激化し、文明の衝突が拡大することも予想されている。

日本を含む20世紀の先進工業国の文明は、西欧近代化の延長線上に築かれたものであり、

西欧合理主義思想に基づき、市民社会が大企業や政府等の多数の大規模な機能集団に組織化され、自然を征服対象として捉え、科学技術を産業化し、大量生産・大量消費・大量廃棄による物質的豊かさと利便性を追求するものであった。そして、20世紀末に至り、物質文明の基盤となる地球環境の限界や資源エネルギーの有限性が顕在化した。

そのため、最近では、これまでの科学技術思想や産業技術を再検討し、西欧近代文明のあり方を見直す動きが活発化してきている。地球環境保全の面では、1992年にリオデジャネイロで地球サミット(環境と開発に関する国連会議UNCED)が開催され、現在の自然や歴史的遺産を次世代に引き継ぐ「持続可能な開発」を推進するため、「環境と開発に関するリオ宣言」とアジェンダ21および気候変動枠組み条約などの条約が締結された。

この会議では、国連加盟国の首脳等の政府関係者だけでなく多数のNGOが参加し、国益を超えて問題解決にあたる取り組みがなされ、これ以降の国際会議では、国際世論を代表するNGOからなる「トラック2の会議」の重要性が増してきている。

わが国は、第二次大戦後、脱亜入欧政策の延長線上にキャッチアップ対象のモデルを西欧先進工業国のイギリスやドイツから米国に転換し、20世紀型文明モデルといえる自由で豊かな米国を目標に経済成長を図り、通商産業国家として成功し米国に次ぐ経済大国となり、名目の一人当りGDPでは西欧先進諸国を越え物質的に豊かな国となった。

しかし、現在の国際社会において、人類的かつ文明的課題となっている国際平和の秩序形成、地球環境の保全、基本的人権の保障等に対して国際貢献が十分でないため、今日なお、必ずしも中国や韓国等の近隣諸国をはじめ世界の人々から信頼され尊敬されているとは言えない。

そのため、わが国は、アジア太平洋地域のフロント・ランナーとして、リーダーシップを取り、このような20世紀が積み残した文明的課題の解決に向けて、「地球環境と共生し多様な文化が共鳴する」21世紀型文明モデルを創造していくことが求められている。

さらに、将来の文明の衝突を予防・回避するために、東洋の精神文化と西洋の物質文明の融合を図ってきたわが国は、現在の東西文明の代表国といえる中国と米国との間にたって相互の媒介と調整に努めるだけでなく、非アングロ・サクソン型社会経済システムや発展途上国にも配慮した公正で透明なグローバル・スタンダードの形成に努め、欧米中心の価値観に偏しないトランスナショナルな公共性を創造していくことが重要となっている。

.国民国家の枠組みの流動化と再編化

<ヨーロッパの地域統合化とヨーロッパ文明の再興の動き>

  グローバル化は経済面では国民経済の枠組みを越えた自由市場原理の拡大でありグローバルな市場統合化であって、ヨーロッパではEU(欧州連合)、北米ではNAFTA(北米自由貿易協定)のようなグローバル・リージョナルな自由市場圏の形成を推し進めた。

 もともと、EU1950年にフランス外相のシューマンがフランスとドイツの長年の対立を解消するため、両国の石炭と鉄鋼の資源を共同で管理する機関を設立することを提案し、これに両国が合意することから発展した。1951年のパリ条約でフランス・ドイツ・イタリア・ベネルクス3国がECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)を結成して以来、1957年のローマ条約でEEC(欧州経済共同体)、1967年にEC(欧州共同体)をそれぞれ結成し、経済的統合を拡充してきた。

  EU1993年にマーストリヒト条約が批准されて成立し、これまでの国際的自由市場機構を主体としたEC(欧州共同体)が発展したものであり、1999年には国民経済の枠組みを越えて統一通貨ユーロを発行し市場統合が強化され、EU15カ国のGDP(経済規模)は米国と肩を並べ世界市場において大きな影響力を持つに至った。

マーストリヒト条約によって、  EUは経済的統合をベースに神殿構造と言われる欧州共同体・共通外交安全保障政策・司法内務協力の統一政策が取られることとなり、加盟国の国家主権を一部吸収するトランスナショナルな地域共同体としての機能をもつようになり、さらに、1997年のアムステルダム条約と2000年のニース条約により中東欧諸国の参加の拡大と連邦国家化への歩みを始めたと言われている。

ヨーロッパ統合化の進展にともなって、欧州全体あるいは国内における中核と周辺の位置関係の変化、また地域内の人・もの・資本の移動が激しくなっていくなかで、伝統的な中央集権的な国民国家の構造変容が迫られている。

最近では、アメリカナイゼーションの意味が強いグローバリゼーションに対抗するため、20世紀の二度にわたる世界大戦で衰退し東西冷戦体制下で東西に分断されたヨーロッパを再統合し、ヨーロッパの経済と文化を復興し、ヨーロッパ文明の自立的発展を図っている。

<首都機能の世界都市機能化>

  EUがトランスナショナルな地域共同体としての性格を強めるなかで、EUの加盟国の首都機能はそれぞれの加盟国の首都からEUの首都機能都市に移行しつつある。つまり、中枢行政機能は欧州理事会・欧州委員会のあるブリュッセルに、立法機能は欧州議会のあるストラスブルクに、司法機能は司法裁判所のあるルクセンブルクに、マクロ経済政策機能は欧州中央銀行のあるフランクフルトに移行しつつある。

また、EU内では国境障壁がなくなったため、フランスのリールとベルギーのブリュッセル間、デンマークのコペンハーゲンとスウェーデンのマルメ間等で国境を越えた人・物・情報の交流が活発になり、多様な国際連携軸が形成されてきている。

  その結果、これまで国民国家の首都であったロンドン・パリ・ベルリン・ウィーンでは国家統治を目的とする首都機能の役割が低下しつつあり、ボーダーレスな都市間競争が激しくなるなかで、中枢業務・高次文化機能のリノベーションを実施し都市的魅力を向上し、国連機関をはじめとする国際機関や多国籍企業の誘致を図り、グローバルな中枢業務・高次文化機能を拡充して世界都市機能の強化を図っている。

 特に、オーストリアでは、国際社会において国際的役割を果たし、国家の安全保障を高めるために、ウィーンに国連機関を積極的に誘致し、国際中核都市としての機能強化を図った。つまり、19731979年にオーストリア政府は建設費590億シリング、ウィーン市は土地23.7haをそれぞれ提供し、ウィーン国際センターとして段階的に整備し、国連機関を集中立地させた。国連には年間1シリング(約11円)で99年間用地を賃貸し、さらに、隣接地に国際ビジネスセンターを建設・複合化し、ドナウ・シティとして整備拡張している。その結果、現在、ウィーン市はニューヨークやジュネーヴと並ぶ第三の国連都市(ウノ・シティ)となった。

<東アジアにおける地域フォーラムの発展>

東アジアでは、EU(ヨーロッパ連合)やNAFTA(北米自由貿易協定)のようなグローバル・リージョナルな自由市場圏の形成は見られないが、1990年代になって各国の積極的な外資導入によりNIES諸国、AEAN諸国(東南アジア諸国連合)、中国が段階的に経済発展を遂げた。最近では、中国の経済発展が著しく、わが国と中国を中心に地域内経済取引量も拡大し東アジア経済圏というべきものが形成されつつある。

しかし、1997年にタイのバーツの下落から始まった通貨危機はAEAN諸国や韓国に波及し、アジア経済の混乱をもたらした。  直接的には、通貨危機はヘッジ・ファンドを中心とする国際投機筋が短期の為替差益を求めて短期間に大量の投機資金を操作したことが原因であるが、一方では、短期外資に依存するこれらの諸国の前近代的なクローニー経済システムの脆弱性を露呈させた。

  現在、この経済危機は国際通貨基金(IMF)の指導管理下で回復しつつあるが、マレーシアのマハティール首相が提唱したアジア通貨基金(AMF)に相当する日本の宮沢構想の通貨安定化基金も大きな役割を果たした。2000年にはAEAN諸国と日本・中国・韓国は「通貨スワップ協定」を拡大・強化するチェンマイ・イニシアチブを合意し、東アジア地域内で通貨の安定化を図るシステムが整備された。

将来的に、東アジア経済の安定的発展を図るためには、これら諸国の経済システムの近代化を推進するとともに、AMF(アジア通貨基金)を設置し通貨の安定化を図る必要があり、さらには、ドル経済圏やユーロ経済圏と並存するアジアの統一通貨経済圏の形成が求められていると言えよう。

 政治的な面では、AEAN(東南アジア諸国連合)が1967年にインドネシア・マレーシア・フィルピン・シンガポール・タイの5カ国によって東南アジア地域の安定化を図るために、政治的な地域機構として設立され、その後、ブルネイ・ベトナム・ラオス・ミャンマー・カンボジアが加入して東南アジア10カ国の総ての国が加入する地域協議体となり1993年には自由貿易協定が発効して地域経済圏として発展しつつある。

1994年にAEANは自力でAFR(アセアン地域フォーラム)を結成し、1995年にはAEAN非核地帯設置条約が調印され、不法入国者問題や南沙諸島紛争などの政治課題についても自由な話し合いを行う場となり、2001年の外相会議で地域独自の地域紛争処理機関の発足を決め安全保障問題への取り組みを強化する姿勢を打ち出した。

さらに、1996年にタイのバンコクにおいて第一回のAEM(アジア欧州首脳会議)が開かれ、AECやAFRと違って米国抜きで、アジアと欧州の指導者が一同に会した。1997年にはアセアン首脳会議の際に、アセアン側が日本と中国と韓国の首脳を招待して、初めてAPT(AEAN諸国プラス日本・中国・韓国からなる首脳会議)が開催され、1999年の首脳会議で、「東アジアにおける協力に関する共同声明」を採択した。

<東アジアにおける多国間地域協議システムの形成の方向性>

このように国民国家の枠組みが流動化し、ヨーロッパや東南アジアではグローバル・リージョナルな地域統合の動きが見られる。これまで、 わが国は、経済大国として自由貿易と直接投資を拡大して東アジアの経済発展に寄与するとともに、開発途上国に対してOA等の経済援助によって国際貢献を図ってきた。しかし、今日では、途上国に対して人材育成や技術移転等を拡充していくだけでは十分でなく、21世紀の国際社会においては二国間の国際関係を拡大していくとともに、アジア太平洋地域において新たな多国間の国際的政治協議の枠組みやルールを創造していく政治的リーダーシップが求められているといえる。

200011月のアセアン首脳会議において、わが国は東アジアにおける協力原則として、@パートナーシップの構築、A開かれた地域協力、B将来の方向性としての政治・安全保障も含む包括的な対話と協力の3点を提唱した。

この多国間地域協議システムは中国や韓国等の近隣諸国の人々の相互信頼の上に機能するものであり、将来への建設的な協同活動や共通する地域課題の共同解決活動を通じて、過去の負の歴史を克服し、相互信頼感や連帯感を醸成していく必要がある。さらに、太平洋を介して多面的に経済的・文化的交流の積み重ねてきた米国を含むアジア太平洋地域の人々の理解を得るものでなくてはならない。

アジア太平洋地域では、わが国がリーダシップをとり、当面、AEC(アジア太平洋経済協力会議)やAFR(AEAN地域フォーラム)やAPT(AEAN諸国プラス日・中・韓の三国)のような多国間地域協議・協力システムの機能を拡充していく必要がある。現在、政治的地域協議システムが存在しない東アジアにおいては、わが国は日米関係に過度に依存することを改め、米国や中国と協力して、日本・中国・台湾・南北朝鮮間の多国間地域協議・政策調整システムの構築を図っていくことが重要となってきている。

また、アジアの一員として、多元的外交を展開し、欧米先進工業諸国と中国をはじめとするアジア諸国の利害対立を調整し、公正なグローバル・スタンダードを形成していく必要がある。

<アジア太平洋の政治文化首都の必要性>

 グローバルに国民国家の枠組みが流動化し再編化されつつある中で、わが国の新都は国民国家の首都機能(国家統治機能)を果たしていくだけでは十分でなく、アジア太平洋地域において高度な国際情報が集まり多様な国際機関が集積し、世界経済の安定化・地球環境の保全・南北格差の是正等の文明的課題の解決に貢献していく世界都市機能を果たす国際中核都市でなくてはならない。

また、この新都は、アジア太平洋において、公正で開かれた交流と対話のもとで、国益の相互調整が行われる国際政治の舞台となるだけでなく、グローバル・リージョナルな共通課題の共同解決を積み重ねていくことで相互信頼感と連帯感を培い、アジア太平洋の自立と連携を推進していく政治文化首都でなくてはならない。(表―1参照)

 

.日本創生と新都創造の前提条件

<日本の文明的特殊性>

 現在、わが国は構造改革によって日本再生が図られているが、西欧近代文明と近代世界システムの転換期にあっては、国家のパラダイム転換が不可欠である。その前提条件として日本文明の特殊性や日本の近代化の特殊性を正しく認識し、国民的合意と参加の基に国家理念の創生を図っていく必要がある。

 ハンチントンの文明的視点から見ると、日本は孤立した特異な文明国である。第一に世界の他の文明は複数の国が含まれるが、日本文明は日本という国に一致し、近隣諸国とも文化的な密接なつながりがない。第二に近代化に成功した最も貴重な非西欧国でありながら、基本的な価値観、生活様式、人間関係、行動規範においては西欧化しなかった。第三に日本の近代化は革命的な大激変を経験せずに、上からの改革である明治維新と米軍による占領政策によって進められ、日本は伝統的な文化の統一性を維持しながら、高度な近代的社会を築いた。第四に他の国と文化的なつながりがないため、日本が何らかの危機に見舞われた場合、日本に文化的アイデンティティを感じるという理由で、他国が結集して支援してくれることを当てにできない。日本は東アジアのほとんどの国から信頼されていない。第五に今後、数年間は支配する文明としての西欧と挑戦する文明としてのイスラムおよび中国との間に文明の対立線が引かれるが、日本はロシアやインドとともに、その対立の中間点に位置する。

 ハンチントンによれば、日本は、これまで国際政治において一貫してバンド・ワゴン戦略をとり、勢力のある大国と同盟関係を結んできており、将来において、アメリカが最終的に超大国としての支配的な地位を失うと見れば、日本は中国と手を結ぶ可能性が高いと考えている。しかし、21世紀の東アジアの平和と安定にとって、日本とアメリカと中国における三国の相互関係こそ最も重要な政治的課題である。この相互関係で最も弱いのは日本と中国との相互関係であり、これは日本と中国の間の相対的な力をめぐる不明確さに起因するものであり、両国にとって、このことを解決することが何よりも重要である。

 そのためには、日本と中国が過去の歴史的関係も含めて完全に和解する必要があり、中国側には寛容が、日本側には歩み寄りが、さらにはアメリカによる後押しが必要だ。東アジアの将来の平和と幸福は、日本と中国がともに生き、ともに歩む道を見つけることに懸かっている。

<日本の近代化の特殊性>

 日本の近代化の特殊性は、いち早く産業革命と市民革命によって、強い中央集権の国民国家を築いた欧米列強がオリエンタリズムという帝国主義イデオロギーによって東洋の国々を植民地化していく外圧の下で、近代化を推進していかなくてはならないことに起因する。即ち、19世紀末に西欧近代文明がグローバル化していく状況下では、日本にとっては、近代化は西欧化であり、西欧の進んだ文明を受け入れて近代化を図りながら、西欧化に対抗できる国民国家を確立する必要があった。

第一に地政学的に、日本が東洋(オリエント)の東の端にあって、江戸時代まで東洋の中心的文明である中華文明圏に包摂され、中華帝国の周辺朝貢国に位置づけられてきた。しかし、幕末時に清朝が欧米列強諸国に侵略されることを目前に見て、幕府はこれまでの中華文明圏の周辺に位置し独立を保っていこうとする小中華思想に基づく鎖国政策の転換を図ったことである。

第二に明朝や清朝の鎖国政策に倣った江戸幕府の鎖国政策によって対外的に隔離され孤立した権威主義的縦型身分社会が長く続いたことで、自立した市民からなる市民社会が形成されなかったため、内発的な自由民権運動が国民的支持をえられず国民主権が確立されずに、上から近代化が推し進められ天皇主権の権威主義的中央集権国家が形成されたことである。

第三に欧米列強が強要した開国の外圧に対して、武士階級が主導する尊王攘夷という排外的ナショナリズム(民族主義)によって、自己防衛的に国民国家が形成され、富国強兵策により近代化が図られ、産軍複合体としての軍国主義への道を開いたことである。

第四に明治維新政府の近代化路線は脱亜入欧政策によってアジアの一員であることを自己否定し、西欧近代国家にアイデンティティを求め、西欧のオリエンタリズムを模倣してアジアを植民地化し、出来るだけ早く西欧近代国家にキャッチアップすることを目指したことである。

第五に和魂洋才という文明開化政策に基づき、西欧近代文明の基盤となっている合理主義思想や個人主義思想という西欧の精神文化を十分に日本の精神文化に取り入れることなく、功利的に科学技術や政治・経済制度という欧米の文明を輸入し近代化を図ったことである。

 つまり、他の多くの東洋の諸国は、19世紀以降のヨーロッパのオリエンタリズムによる植民地主義というグローバリズムに抵抗し、第二次大戦後に、政治的に独立し経済的自立化を目指すことで自己のアイデンティティの形成を図ってきた。しかし、西欧諸国に直接に植民地化されることを免れ、いち早く産業化に成功した日本は他の産業化の遅れたアジアに対して、特権的地位を主張し、日本的オリエンタリズムによってアジアの植民地化を合理化した。このことがアジアの一員であるという日本のアイデンティティの形成を妨げ、独善的なナショナリズムを生み出す要因となった。

<大東亜共栄圏の虚構と挫折>

 子安宣邦筑波女子大学教授の「日本の近代と近代化論」によれば、アジアにおいて、いち早く国民国家を形成し産業と軍備の近代化に成功した日本は、国家主義的国益を追求するため、当時の西欧がヨーロッパ世界史として合理化していた世界秩序に挑戦して西欧の植民地支配の解放を国家の正義に掲げ、西欧的近代国家の契約原理を越えたアジア的運命共同体原理に基づく大東亜共栄圏の構築という名目で、アジアに対する自己の侵略を正当化した。

 大東亜共栄圏の構築というアジア主義は、西欧の植民地主義に対する反グローバリズムであると同時に、アジアに対しては日本的オリエンタリズムとして超国家的権威にまで神格化された天皇制イデオロギーによる日本の国家主義のアジア地域への拡大であり、アジアの人々を日本の天皇主権に従属させ天皇の臣民化にさせた帝国主義的支配の合理化であった。

 このように、日本は市民権を国民主権として実践していく自立した市民による市民社会の形成を経ることなく、過度に西欧近代化路線を模倣することで、西洋的でありながら西洋に似て非なるものとなり、反面、アジア人であることを自己否定し他のアジア人を抑圧することで、致命的に東洋でもないものになり、アジアにおいて超国家主義を主張した日本は西洋と東洋の両方から抵抗され二重に否定され、第二次大戦に敗北した。

 姜尚中東京大学教授によれば、西欧化による近代化というアジアに位置する日本の近代化のアポリア(解決すべき難題)は、戦前において日本を特権化したアジア主義という脱西欧化が敗戦によって挫折し、占領軍の民主化政策で近代化された日本は欧米にイコールになったという観念操作で、脱西欧=脱近代化の思想を放棄した。その結果、第二の変革期である敗戦時においても日本の自己変革は十分に果たされなかったといえる。

<近代的思惟の未成熟>

 政治学者の丸山真男「超国家主義の論理と心理論」において、「なぜ、明治維新から始まった日本の近代化が第二次大戦による敗戦という帰結をもたらしたか」を考察して、その最大の要因は西欧近代文明の基盤となっている合理主義思想や個人主義思想という「近代的思惟」の未成熟であると主張した。

 つまり、近代日本は「近代的思惟」の未成熟な社会からなる国家であり、歪な形で内発的な力を伴わずに、強いて発展せしめられた国家である。国家社会を近代的構成において成立せしめる点で不完全であり、したがって、日本の国家社会が非合理的に構成されることになり、そのことからもたらされるのは、非合理的な政治的帰結である。

 戦争に導き戦争を遂行した日本国家の政治意思は、その決定過程や権力構造や権力行使において非合理的であるが、それは超国家主義として神格化した天皇制イデオロギーに起因する。全国家秩序が絶対的価値たる天皇を中心として連鎖的に構成され、上から下への支配の根拠が天皇からの距離に比例し、独裁観念に変わって抑圧の移譲によって精神的均衡が保持される。「上から下まで自覚的に権力を行使する主体的意識」が不在し、上からの圧迫感を下への恣意の発揮によって順次に移譲していくことでバランスが維持される。

その結果、「自由なる主体意識」を前提としている政治権力の理念型に対して、日本の権力構造における権力者の主体的意識は欠如することになった。今日においても、組織エリート層には政治的リーダーシップや説明責任が欠如し、問題先送りの無責任な集団主義思想が存続しているといえる。

他方、民主主義社会は自己選択と自己責任を担う主体的個人が、個人では解決できない公的事項を共同解決していこうとする公共精神の上に成り立つものであるが、今日の大衆消費社会においては利己的個人主義が合理化され支配的な価値観となり、公共精神を担う主体的な個人主義が十分に成熟し難いため、政治的リーダーシップの欠如や問題先送りの無責任な集団主義が見られるともいえる。

したがって、現在の第三の変革期にあっては、グローバリズムへの受動的な状況適応ではなく、主体的な自己変革によって脱西欧化と脱日本的オリエンタリズムを図り、主体的な市民からなる開かれた市民社会を形成していかねばならない。

 

.国家目標と国家理念の確立

 今日、わが国は明治維新期、戦後改革期に次ぐ第三の改革期にあり、グローバリゼーションやIT化革命の急速な進展に対応するため、国政全般の構造改革や社会経済システムの構造改革が進められているが、その構造改革が目指す市民社会像とその法的政治共同体としての国家の目標や理念が必ずしも明確であるとはいえない。

 現在、わが国が直面している最も大きな政治的課題は、国際的に見て最も平和で豊かで平等な社会の一つであるにもかかわらず、多くの国民が長引く平成不況の影響もあって未来に対して明るい希望が描けず、国民全体に閉塞感が広がっていることである。

 そのため、新都は国民的合意と近隣諸国の理解のもとに新しい国家目標と国家理念を確立し、将来に向けて明るい展望を示す日本創生の創造的プロジェクトでなくてはならない。

<国家理念の創生>

 戦後改革によって、わが国は戦前の「軍国主義と国家主義」という国家統治の根本的価値を180度転換し、「平和主義と民主主義」という国家統治の理念を明確に掲げ、「自由で豊かなアメリカ」を目標に政官産が協調して日本型コーポラティズムといわれる中央集権的産業国家を構築し、経済成長を図り国民所得の拡大を通じて国民福祉を向上してきた。

 今日、一人当り国民所得が世界のトップレベルに達し、1970年の世論調査以降、国民の9割以上が中流意識を持つようになり、欧米社会のように、社会内部に深刻な階級対立や民族・人種対立や地域間対立がみられず、豊かで安全で比較的平等な社会が実現されてきたといえる。

 「平和主義と民主主義」は政治共同体である国民からなる国家共同体のあり方を決める根本的な政治的価値である。平和主義は防衛共同体としての対外的関係を規定するものであり、民主主義は生活共同体としてメンバー間の相互関係を規定するものである。

 しかし、20世紀末に起こったグローバル化によって国民国家が再編されつつある中で、必然的に、これらの政治理念は国民国家に閉じたものから、国民国家の枠組みを越えて国際的に共有できる理念に創生されなくてはならない。

 本来、「平和主義と民主主義」は国民の不断の努力によって実現されるものであり、21世紀のグローバル社会においては、これまで国民的コンセンサスを得てきたこれらの国家理念を中国や韓国等の近隣諸国をはじめ世界の人々と共有できる「21世紀の世界に開かれた国家理念」として創生していかねばならない。

<民主主義の創生>

 民主主義は国家統治の面では、国民による政治である国民主権を意味し、国民のための政治である国民福祉を意味し、民主主義国では、民主的にコントロールされた政府が説明責任のある行政を行い、国民の福祉を向上していかなくてはならない。

 国家機構の民主化という面では、制度疲労に陥っている官主導の中央集権国家システムを改革し、地方分権を推進し、国民生活の身近なところでの意思決定を尊重し、自立的な地域社会を形成していかなくてはならない。

 M・ウェーバーによると、社会の近代化は伝統的共同体に拘束されていた個人が合理的機能的集団に組織化されることであり、社会の機能分化が進むにしたがって、社会の組織化が進み、行政組織だけではなく、社会組織の大規模化と官僚化が進むことになる。個人は自己選択と自己責任の行動原理に立って機能集団と合理的な契約関係に立って自立的に行動することができることになるが、実際は、多くの個人は官僚化した社会組織の意思決定機構からは疎外され、逆に所属組織に依存することになる。

現在の高度情報化社会においては、意思決定に係わる中枢情報が組織の官僚機構に集中され、情報公開がなされない限り、市民社会を担うべき主体的個人は管理された情報に依存し管理対象となる大衆社会状況が進むことになる。

 R・V・ウォルフレンによると、日本の社会は官僚管理社会であり、目に見えない非公式の権力システムであるアドミニスタレイターズによって支配され、アカウンタビリティが欠如している。つまり、官庁、業界団体、巨大金融機関、企業グループ、マスコミ、政治家グループの非公式なつながりが形成され、そのつながりの間で非公式な取引がなされている。これに対抗するものとして、国民の多数が市民としての責任を自らの手に取り戻して、政府に対して説明責任を果たさせようとする政治的意思を未だ十分に持っていない。

一方、日本的調和という幻想が支配し、同質性が高い社会の中で同調圧力が強く働き、真の対立はすぐに表面下に押し込められて、対立が対立として政治的に処理されず、争いの正当な役割までも否定され、市民生活を脱政治化させ、市民に政治的選択の余地を与えない管理化された社会が形成されている。

したがって、現在の情報管理社会では、民主主義の民主化・成熟化が求められている。ハーバーマスの主張に沿って言えば、第一に異質な他者を排除し対立を抑圧する日本的合意や集団主義を改革し、自立した個人が自由でオープンに討議を戦わすことで公共的合意を形成していく公共圏を市民社会の中に拡大していくことである。第二にこれらの公共圏において、民主的に世論が形成され政治的争点が明確化され、議会において世論を反映した政策論議を通じて公正で透明に政策が形成されることである。第三に情報公開と市民参加によって政策の実行過程が監視・評価され政府が説明責任のある行政を行うことである。

<機会の平等化による社会の民主化>

 民主主義には「平等と公正」という価値概念が含まれ、政治的平等は「機会の均等」を意味し、経済的平等は「結果の平等」を意味することが多い。現在、わが国では、構造改革によって福祉国家の硬直化を是正するため、「結果の平等」から「機会の平等」へ転換し、国民が国家の福祉に過度に依存することを改め、財政需要を抑制して個人の自立を促がし、社会の活性化を図られている。

 しかし、佐藤俊樹東京大学助教授の「不平等社会日本論」によると、日本全体を覆っている閉塞感の根本的要因は、平成不況ではなく、市民の社会的移動を可能にしてきた選抜システムが硬直化し、戦後改革によって形成された日本社会の特性である分厚い中流階層が分解し、職業や所得から見て社会階層の対流現象が弱まり社会階層の上層と下層が固定化しつつあることに起因する。そして、この選抜システムが画一的な価値観に基づき、東京を頂点とする空間的ヒエラルヒーを形成していることが問題である。

 「社会階層と移動」調査の分析結果によると、社会的移動の面で、日本社会は60年代後半から80年代前半まで次第に開かれていたが、80年代後半以降、次第に閉じつつある。戦後の高度成長期には、戦前に比べて「努力すればナントカナル」「開かれた社会」になっていたが、近年では、その開放性は急速に失われつつある。社会の1020%をしめる上層の社会階層をみると、親と子の地位の継承性が強まり、戦前以上に「努力してもシカタガナイ」「閉じた社会」になりつつある。

 つまり、ホワイトカラー上層部(企業や官庁の管理職)が、団塊の世代以降、受験と学歴を通じて閉鎖的に相続されるようになってきた。一方で、ブルーカラー層の独立自営化を意味する開業率が低下し、学校を経由しない補助選択ルートがなくなってきた。

 その結果、選択システムである学歴や職業の地位を得るための競争システムが飽和し、戦後の産業社会を支えてきた重要な基盤が掘り崩されつつある。一方で、選抜ルートの成功者である上層階層を占めるエリート達が、平等な競争という外観のために階級意識をなくし閉鎖的な階級を形成し、他方では、それ以外の人々は「努力すればナントカナル」というかたちで、将来に希望を持ち社会への信頼を保つことが難しくなりつつある。

 「機会の平等」は自由な競争社会の前提条件となるが、競争社会を市場化すれば自動的に「機会の平等」が実現されるわけではない。「機会の平等」は後からでないと分からない。「機会の平等」の下では不確実性がつきまとうため、「機会の平等」を原理とする社会では少なくとも「機会の不平等」を監視する機関と、不平等が認められれば所得を再分配する機関が必要となる。 さらに、選択社会をうまく運営していくためには、選択ルートはどんなものでも多数の敗者を作り出すので、敗者となった人々が意欲や熱意と社会への信頼を失わないようにする必要がある。

そのためには、選択機会を多元化し、選択される機会が一律一斉には出現せず、機会が現われる時期や選択方法が多様である必要がある。また、東京と地方で異質な価値観に基づく多様な機会が提供されなくてはならない。

<平和主義の創生>

 21世紀のグローバル社会では、これまでの一国平和主義から多元的平和主義に転換しなくてはならない。

 国家は政治共同体として対外的には国民の生命と財産を守る防衛共同体であるが、国家の安全保障は必ずしも軍事力に一面的に依存するものではなく、経済力や文化力や国際信用力が重要になってきている。わが国は貿易立国として、長期的かつ安定的な食料や資源エネルギーの確保が重要になってきている。

 21世紀政策研究所の田中直毅理事長によれば、これまで、わが国はアメリカの核と石油とドルという三つの傘に守られて、アメリカの外交政策に追随依存し、対外関係を自主的に形成せず、自国の経済成長に重点をおく一国平和主義に徹して通商産業国家として発展していく国家戦略を取り経済大国となった。

 核の傘の論理は、東西冷戦時代の米ソ両国間の核戦争の抑止理論であり、冷戦終焉後の時代においては、わが国は平和国家の国是の下に非核三原則を堅持し、国際社会において核実験の廃止や核拡散防止に努め、核兵器の全面的廃絶に向けてリーダーシップを発揮していくことが一層求められている。

 そのためには、国際関係において軍事力に頼らない国際交渉力を強めていく必要があり、経済力だけでなく、科学技術力や文化的魅力のようなソフトパワーを高め、多くの国民が正確な国際認識を持ち政府の外交政策に対して支持することができることが重要となる。

 食料やエネルギーの確保という面では、これらの国際市場において欧米先進国の多国籍企業の市場支配力が強いため、中国や韓国等の近隣の輸入国と共同して、共同研究開発機構を設立し、食料やエネルギーの安定的確保を図っていく必要がある。

 また、国際紛争の解決の手段としての軍事力の行使は、国内的矛盾や不満をそらすため、排他的はナショナリズムの煽動によって起こる場合が多いため、アジアの一員として経済的交流だけでなく文化的交流を含む近隣諸国との多面的な相互交流を深め、世界に開かれた日本のアイデンティティを確立し、国民相互間で信頼感を高めていくことが重要である。

 

.21世紀における日本の基本的国家戦略

 20世紀から21世紀にかけて、文明システムの基盤となる近代世界システムが変容し、覇権国家を中心とした主権国家のインターステイト・システムが多元化した。21世紀の世界システムは主権国家からなるインターステイト・システムだけでなく、多様な国際レジームや国際機構からなる国連システムと多様な価値次元でネットワークされた世界都市システムという3つの複合化されたシステムから構成されることとなり、国際関係は不確定性と流動性を増し、大きな変動も生じることも予想される。特に、東アジアでは、21世紀初頭には、政治大国である中国が経済大国化し、わが国は経済大国という国家的アイデンティティを失うのみならず、現状のように近隣諸国をはじめ世界の人々から十分に信頼を得ないままでは、経済力にのみ依存した国際交渉力は弱まることが予測される。

 したがって、21世紀のアジア太平洋の時代に向けて、わが国は、長期的な展望に立ちグローバルな時代潮流を見極め、国民の合意のもとに、21世紀のあるべき国家像(国家目標と国家理念)と市民社会像を明確にし、文明と国家のパラダイム転換を図っていかなくてはならない。即ち、国家目標として主体的的構造改革によってアメリカや中国等と競争的協調関係を築きながら、世界から信任され世界に開かれた連携国家とそれを支える分権ネットワーク型市民社会の構築を図っていくことが重要となる。(表―2参照)

 わが国の首都機能移転は、このパラダイム転換を内外に発信する創造的プロジェクトであり、この構造改革の契機となるだけでなく、牽引力となるものである。

この国家目標を実現していくためには、次のような5つの国家戦略が重要となる。

<新しいアジア太平洋文明モデルの形成>

 第一の国家戦略は、独善主義的な欧米近代文明モデルや中華文明モデルと違って世界に開かれた公共性を創出する新しいアジア太平洋文明モデルの形成を図っていくことである。

アジア太平洋のフロントランナイーとして、西欧近代化の延長線上にあるヨーロッパ北大西洋の20世紀型文明システムのパラダイムを転換し、現在の欧米先進国偏重の世界システムを多極化・分権化し、「地球環境と共生し多様な文化が共鳴する」21世紀型アジア太平洋文明システムを構築していくことである。

 A・ギデンズによると、グローバリゼーションは産業革命による産業資本主義と市民革命による国民国家システムを確立した西欧近代(モダニティ)の普遍化であり、ウォーラースティンによれば、史的システムとしての資本主義のグローバル化でもあるが、サイードによると、西欧以外のその他の世界(オリエント)にとっては、西欧諸国による植民地支配を合理化するオリエンタリズムといわれる支配のイデオロギーであった。

 日本を含むアジア諸国にとって、近代化は文明開化といわれたように西欧文明化であり、西欧近代(モダニティ)の普遍化圧力を外圧として受け入れることであった。

 現在のグローバリゼーションは西欧近代(モダニティ)をアメリカニズムとして発展させ、アメリカの覇権主義を反映したアメリカン・スタンダードを普遍化していくイデオロギー性を持ち、新保守主義者が主張するように東西冷戦で勝利したアメリカ型の資本主義市場システムと大衆民主主義システムからなる国民国家システムを唯一の統治システムとして正統化するグローバル・フォースであると指摘されている。

 しかし、20世紀から21世紀への文明の転換点にあって、A・G・フランクの「リオリエント論」によると、21世紀においては文明の中心は西欧から再び東洋(オリエント)に転換することになる。

 川勝平太国際日本文化研究センター教授によれば、アジア太平洋地域にあって、わが国は海洋国家として、江戸幕府による鎖国まで、日本海と東シナ海を介して中国や朝鮮と長い交流の歴史を積み重ねてきただけでなく、南シナ海や東南アジアの多島海地域まで経済的な交易や文化的な交流を積み重ね、大陸文明と海洋文明を融合し独自の日本文明を形成してきた。さらに、明治維新以降は、脱亜入欧政策によって積極的に欧米先進国の近代文明を輸入し、中華文明の周辺文明であり小華夷秩序に安住してきた日本文明のパラダイム転換を図り、西欧近代文明と中華文明を融合し独自の日本文明を形成してきた。

 したがって、わが国は、アジア太平洋地域のフロント・ランナーとして、20世紀末まで導入してきた欧米文明の普遍性の限界を克服し、欧米チャッチアップ体制を自ら変革し、アジア太平洋の一員として、アジア太平洋地域の自立と連携を図りながら、「法と秩序」の大陸文明と「ボーダーレスな自由とネットワーク」の海洋文明を融合し、新しいアジア太平洋文明を形成していく必要がある。

<主体的変革による国際競争力の強化>

 第二の国家戦略は、グローバリゼーションに対する主体的変革による国際競争力の強化である。

 現在、わが国では、経済のグローバリゼーションは、産業構造を国際競争力を持った製造業等と規制に守られて高価格体質を持った金融・不動産・建設・流通等に二極分解し、さらに、これらの業界内でも勝ち組みと負け組みに分解させている。そして、市場原理主義に立って、規制緩和や小さい政府が叫ばれる一方で、現実には、金融システムの安定化や産業構造の改革や雇用対策の面で、政府の役割は増大している。

また、文化的にもアメリカの大衆文化がわが国の大衆消費文化に浸透し、マスメディアによる全国的な文化の画一化と平準化が進み、教育水準の低下していている。さらに、商業主義文化の拡大によってジコチュウやパラサイトといわれる利己的個人主義が広がり、国家や社会に対する公共精神が薄れ、地域社会や家族の連帯感と信頼感が希薄化し、国民意識や地域社会や家族の空洞化を招いている。

このような状況下での不況の長期化が国民全体に閉塞感を与え、国民に反グローバリズムの感情を引き起こし、一部国家主義者が、排外的なナショナリズムを叫び、国際社会においてわが国の国際信用の低下を招いている。

金子勝慶応大学教授は「反グローバリズム論」において、現在の金融不況を招いた根本原因は、グローバル金融資本に対する自由化政策において適正なシークウェンシングを欠き、日本経済の社会経済的特性を十分に考慮することなく、バブルの後遺症である不良債権処理を行わないまま、安易にグローバル・スタンダードというアメリカン・スタンダードに追随したことで、日本経済に深刻なデフレ圧力を加え続けていることにあり、グローバル・スタンダード論への安易な追随こそがキャッチアップ型思考を抜け出せない現われであると主張している。

さらに、金子勝教授によれば、グローバリズムへの対抗戦略は市場原理主義でもなく中央計画型社会主義でもない第三の道であり、市場を作り変え、市場と政府を自らの手に取り戻す道である。第一の戦略は社会と市場の変化に応じてセイフティ・ネットを張り替えることであり、第二の戦略は政府と市場の双方に、人々の手の届く公共空間を作り出していくことである。

 S・サッセンによれば、グローバリズムは国民国家に対して国際競争力の圧力を及ぼし、脱主権化や脱領域化という国家共同体解体の圧力を加えるが、国際社会において単一の世界政府が形成されない限り、国民国家は国家主権や国民経済の基本的機構となるものであり、国際社会の主要なアクターである。そして、この国民国家の正統性は国民の自己認識と自己確信となる国家のアイデンティティの上に成り立つものであるので、国民相互の信頼感と連帯感を深め、国家目標と国家理念を明確にして国家のアイデンティティを明確にする必要がある。

 そのため、多くの国家では、国家のシンボル性を高めて国民国家の統合力を強化し国家のアイデンティティを高めているだけでなく、国家政策によって、科学技術水準や教育水準を向上し国際競争力の強化を図っている。

したがって、今後、中国やアメリカと競争的協調関係を図っていかねばならないわが国においては、グローバリゼーションの諸相を見極め、欧米中心のグローバリズムに対して主体的に対処し、それを国政全般の構造改革や市場を含む市民社会の改革に結び付け、公正なブローバル・スタンダードを創出し、戦略的に官民が協力して人材開発や科学技術の向上を図り、国際競争力を強化して持続的発展を図っていく必要がある。

さらに、グローバリゼーションはグローバル・スタンダードによる透明で公正な社会経済システムを構築していくという意味で、現状の政・官・業が相互に依存した欧米チャッチアップ体制を変革していく外的インパクトとなるものであるので、構造改革を進めるにあたっては、情報公開を進め多様なアクターが参加し、利害関係者に対して説明責任を果たして行ける公正なグローバル・スタンダードを確立し、公正な国家システムと効率的な市場システムの調和を図っていく必要がある。

 <新しい世界都市システムの形成>

 第三の国家戦略は、アジア太平洋地域における新しい世界都市システムの形成である。

 グローバリゼーションは国際金融資本と多国籍企業が立地するニューヨーク・ロンドン・東京からなる世界都市システムを形成したが、一方では、ヨーロッパにおいて経済的価値だけでなく文化的価値も重視する多様な世界都市を創出しつつあり、国家の枠組みを越えた広域国際交流圏が形成されてきている。また、アジアにおいても、経済発展にともなって、北京・天津、ソウル・ピョンヤン、上海・南京のようなメガロポリスといえる世界都市圏が形成されつつあるだけでなく、福岡とプサン、那覇と台北、札幌とユジノサハリンスクのような広域国際交流圏が形成されつつある。(図―1参照)

 したがって、わが国では、首都機能移転によって、経済首都・東京の世界都市機能を強化するとともに、政治文化首都となる新都は新しい世界都市として、東京と連携するだけでなく、これらの新しい世界都市圏や広域国際交流圏との連携を図って、新しい世界都市システムを形成していく必要がある。

 また、わが国は中国や韓国等の近隣諸国との交流を拡充し、政府間の交流を進めるだけでなく、主権国家の外交システムに依存しないで、これらの新しい世界都市とのボーダーレスな国際連携を強化し、多様な主体の国際交流への参加を促進し、アジア太平洋文明創造の基盤(プラットホーム)となる新しい世界都市システムを形成していく必要がある。

<東アジア共同体の形成>

 第四の国家戦略は、長期的展望にたって、東アジア経済圏の形成をベースにしてヨーロッパ連合のような東アジア共同体の形成を図っていくことである。

   21世紀のグローバル社会を展望する時、グローバル経済はIT革命によって一層加速され、国民国家の枠組みはますます流動化していく状況下で、世界経済の安定的成長を支える基礎条件となるエネルギー・食料・環境の問題が成長の限界として顕在化し、グローバルにエネルギー・食料の研究開発と公正な分配を図っていくとともに、地球環境保全のための負担の公正な配分を図っていくことが重要となってきている。

  21世紀のアジアを展望した場合、東アジア経済は20世紀末の経済危機を克服し、21世紀の初頭には世界経済の3割以上を占め、世界経済を牽引していく役割を担うようになると考えられている。特に、社会主義市場経済を押し進める中国は世界銀行の「世界開発報告」によると、1997年で中国のGNPは世界第七位、購買力平価で換算したGNPは既に日本を抜いて世界第二位であり、近い将来には、アメリカ、日本に次ぐ経済力を有するようになり、世界市場において日・米・中の三国間で競争が激化することが予想されている。

  このようなアジア経済の持続的発展のシナリオのボトルネックと考えられているのは、エネルギーと食料の安定的確保であり、エネルギー・資源の消費の増大に伴って生ずる恐れがある環境汚染の防止であり、人口・産業の大都市集中に伴う大都市問題の解決である。特に、今日、約13億人を擁する中国が石油と穀物の輸入国に転じ、中国のエネルギー消費が現在の韓国並に達しただけでも、その石油消費量は今日のアメリカの石油消費量の2倍となり、これらの輸入市場においてわが国と競争関係に立つことになる。さらに、黄砂現象に見られるように、中国において排出された硫化ガスによって生じた酸性雨等の大気汚染の影響がわが国に及ぶことも懸念されている。

  現在、東アジア地域において相互に共通利害を話し合い合意形成を図っていく政治協議の場がない中で、近い将来に、経済大国日本と政治大国中国との間で、このような利害対立が生じることが懸念されている。しかし、歴史的に両国が互いに文化的・社会的に様々な交流を積み重ねてみた実績の上に立って、両国間に定期的な政治的協議の場を設け相互対話と協調を進めるとともに、政府間だけでなく都市間、企業間等の多様なレベルで多元的な相互補完関係を形成していく必要がある。

さらに、森嶋通夫ロンドン大学教授が「日本の選択論」で主張するように、長期的な展望に立って、わが国と中国が中心となってアジア通貨安定化基金を設置し東アジアの統一通貨圏を形成し、これを基礎に東アジア地域の経済統合を進め、この統合経済圏を発展させて、将来的に、ヨーロッパ文明の復興を目指すヨーロッパ連合のように、新しいアジア太平洋文明を創造する東アジア共同体の形成を図っていくことが重要となってきている。

  また、東アジアの発展途上国では、経済発展にともなって、沿岸部と内陸部間および都市部と農村部間の地域格差や住民格差が拡大し、政治的・社会的な不安定要因となっている。そのため、これまでのわが国の近代化の過程で培った経験を生かし、経済的支援だけでなく、経済制度の合理化や社会諸制度の民主化の面においても、技術移転や人材育成等の支援に努め、アジアの一員として、都市間交流を拡充し、NGOやNPO等の多様な主体が参加し多元的な協力関係を深めていく必要がある。

<国連システムの改革と多元的外交の展開>

 第五の国家戦略は、国連システムの改革と多元的外交の展開を図っていくことである。

 国際連合は、第二次大戦後、米ソ両大国をはじめ戦勝国の世界管理システムとして設立されたが、安全保障理事会を中心に地域紛争の予防等国際平和の維持に重要な役割を果たしてきただけでなく、社会経済理事会を中心に人権擁護、地球環境の保全、開発途上国の援助等において重要な役割を果たしてきた。

 また、世界政府の存在しない現状において、包括的な多国間協議と対話の場となり、これまで、多くの国際レジームと国際機関を創設してきた。これらの国際機関は、東西冷戦の終焉後、国際社会が流動化し、地域紛争の多発による多数の難民の発生やグローバル経済の進展による南北格差の拡大等国際的課題の解決において重要な役割を果たしている。

 したがって、わが国は、戦後、第二次大戦に導いた軍国主義や独善的国家主義の反省の上に立って、平和主義と民主主義を新たな国家理念として掲げ、国連外交においても重要な役割を果たしてきた実績を踏まえ、これらの国家理念の原則にそって、国連においても積極的に多元的外交を展開していく必要がある。また、安全保障常任理事国や欧米先進国を中心に運営されている国連システムを改革し、国連アジア太平洋本部の設置等により国連の民主的機能の強化を図り、アジア太平洋地域の発言力を強め、世界システムの多元化・多極化に努め、国際社会の平和的発展に貢献していくことが求められている。

 

.首都機能移転の必要性の増大

  わが国の国権の最高機関である国会が、平成2年に国政全般の改革の推進と東京一極集中を是正するため、国会等の立法・行政・司法の中枢機関を東京圏外に移転することを決議して以来、国内外の政治経済情勢は大きく変動したが、近年、国会が提起した首都機能移転の必要性はより一層増大してきている。

  失われた10年と言われるこの90年代に、バブル経済が崩壊し、欧米先進国キャッチアップを目的とする官主導の東京中心の政治経済システムは制度疲労が顕在化し、グローバル経済に適応できずに機能不全となり、わが国経済は長期の構造不況に陥り失業率が上昇し、日本国民は経済大国という唯一の国家的アイデンティティを失い、自信を喪失し将来への明るい展望が開けず日本全体に閉塞感が覆っている。

そのため、今日、一部では、日本経済の国際競争力を強化し日本の創生を図っていくために、首都機能移転を見直し、都市再生によって世界都市・東京の政治経済複合機能を強化する必要性が叫ばれている。また、高度情報化社会の進展にともなって情報通信システムが階層的集中型からネットワーク的分散型へ変化し、大企業や官庁の地方分散が進み、首都機能移転によって中央集権システムから地方分権システムに変革していく必要がなくなってきているという誤った主張がなされている。

  現実には、グローバル経済の進展にともなって、日本企業はグローバルな大競争に晒され、国際競争力の強化を目的として企業の大型合併や東京への本社移転を進め、東京への中枢業務機能や情報管理機能の集中が加速している。東京への資本・情報・人材の一極集中が加速する中で、1996年以来、東京圏の転入超過人口が年々増大し、東京メガロポリスが肥大化しつつある。19952000年の国勢調査によると全国増加人口の6割を東京圏が占める一方で、2001年の住民基本台帳人口によると、地方圏を中心に全国の4分の3にあたる町村では人口の減少が見られ、過疎化や超高齢化によって地域社会を維持することも困難になっている町村も少なくない。

  最近になっても、バブル経済の後遺症である金融機関の不良債権の処理は十分には進まず、規制緩和による新規事業の創出やIT革命の進展による産業活性化が東京圏では見られるものの、優れた人材や資金や情報に乏しい地方圏では経済は低迷し、東京圏と地方圏との経済格差が一層拡大しつつある。

 東京一極集中構造はいわゆる40年体制や55年体制によって確立されたといえるが、江戸幕府以来、中央権力が地方を支配する中央集権的政治システムが国土空間に投影され構造化されたものである。現在でも、この支配構造は政治行政・大企業・マスメディア等の東京を頂点とするヒエラルヒー・システムによって一層強固なものになっている。

 また、サービス経済化が進めば進む程、市場規模が大きい東京メガロポリスに企業は集中立地し、高度情報ネットワークが普及する程、中枢的意思決定情報は組織エリートの集中する東京に集中し、他方で、地方が手足となり現場化する。

  国政全般の改革においては、地方分権改革の面で、機関委任事務の廃止・関与のルール化・係争処理委員会の設置等一定の前進が見られ、情報公開法の制定によって行政活動の透明化が図られたものの、地方の自主財源の拡充が先送りされたため、地方分権改革は十分とはいえない。財政構造改革の面では、累積国債発行残高が平成13年度末には年間GDPをはるかに超える666兆円にも達することが予測され、進みつつある少子高齢化による将来の社会保障費の増大や貯蓄率の低下に対処するため抜本的な対策が必要となっている。

  このような長期の平成不況や財政赤字の増大の根本原因は、グローバル経済に対する制度疲労を生じているわが国の政治経済システムの不適応に起因するものであるが、他方で、政・官・業の中枢意思決定機関やマスメディア等の情報発信源が東京に集中立地し、これらの中枢的情報をコントロールできる権力エリートが排他的な権力コミュニティを形成して既得権益を守り、官主導の中央集権体制に依存して問題を先送りしていきたことにあると指摘されている。

  そのため、政治中枢と経済中枢を空間的に分離し、不透明で排他的な権力コミュニティを解体し、政治と経済が適正な緊張関係に向かい合い、政治的価値は「参加と合意の原理」に、経済的価値は「効率と競争の原理」にそれぞれ基づいて、両者の価値実現の調和を図り、マスメディア等の情報発信源を多極化していく必要がある。

  したがって、今日、関東圏から東北圏や中部圏まで拡大しつつある東京メガロポリスの都市圏外に首都機能を移転し政経の空間的分離を図り、地方分権改革を始めとする国政全般の改革を推進し東京を脱中心化して、東京と地方の関係を平等で水平的なものにし、地方の自立化と活性化を図っていく必要性はますます増大している。

 また、文明の転換期にあって、経済効率を優先し人材・資源・エネルギーを大量消費・大量廃棄する20世紀型文明の典型とも言える世界都市東京から経済的・文化的に自立し、東京と違った価値原理に基づき新しいアジア太平洋文明モデルを創造し、日本の創生を図っていく新都の重要性は増大しつつある。

 さらに、21世紀における日本の基本的国家戦略において述べたように、今後予想される国際関係の変動に的確に対処していくために、20世紀システムのしがらみに囚われた東京から首都機能を移転し、この新都を拠点として国家戦略を推進し、文明と国家のパラダイムを転換していかねばならない。

 

.新都の立地場所

  21世紀のアジア太平洋の時代にあって、このような新都(政治文化首都)の立地場所は、「日本のかたちとこころ」のパラダイム転換を明確に内外に示すことのできるところであり、東京圏外にあって東京を脱中心化できる経済的・文化的ポテンシャルのあるところでなくてはならない。

歴史的に、東京は江戸時代から中央権力が地方を支配する拠点であった。江戸時代には鎖国政策によって国際社会から閉ざされた身分制抑圧社会を築いた幕府権力の所在地であり、明治維新後、欧米先進工業国文明の輸入拠点となり脱亜入欧政策を推進し、アジア地域の植民地支配を目指した帝国主義権力の拠点となり、第二次大戦後は、政・官・業が過度に相互依存した中央集権の政治経済システムの拠点となってきた。

一方、関西は、戦国時代まで日本の首都が所在し、中国・朝鮮等の大陸アジアや東南アジアなどの海洋アジアとの深い交流の積み重ねの中で独自の日本文化を培いてきた。戦後は米国をモデルとし政治的・経済的に依存・追随し経済成長を図ってきたといえる東京文明圏の経済・文化圏外にあって、かっては、自立的な経済文化圏を形成し国土の双眼構造を担ってきた。

今日、関西は世界都市関西や文化首都関西の理念を掲げ、関西国際空港や関西文化学術研究都市等のグローバルインフラを整備し、関西の様々な組織が主体的に国民国家の枠組みを超えてアジア太平洋地域の経済発展や文化交流に寄与してきた。また、現在、既存の組織や制度の枠組みを越えて、関西の主要な自治体と経済組織が連携して関西広域連携協議会を組織し関西の再生に努力しているだけでなく、特に三重県と滋賀県では行政と住民が協働して、先進的な説明責任のある地域経営行政や生活に根ざした環境行政が行われている。

そのため、21世紀のアジア太平洋の時代おいて、関西に首都機能が移転すると、東京圏から自立した新首都圏が形成されるだけでなく、伝統文化に根差し東京の価値観と違った新しい文化を創造していくことで新しい日本のアイデンティティを形成することが出来る。

また、これから、わが国が中央政府だけでなく多様なアクターが国民国家の枠組みを越えて国際貢献を図っていくことが求められている時に、関西はリーダーシップを発揮して21世紀の国際社会に貢献していく国家像を実現していけるポテンシャルを持っている。

新都の立地場所は、21世紀の日本のあるべき国家像を実現していく新都が要求する立地因子を満たすところであり、三重・畿央地域はこの立地因子を満たすポテンシャルを有するところである。

  三重・畿央新都は関西圏と中京圏が重なるエリアに立地し、G7のカナダ一国の経済力を有する関西圏とオランダ一国の経済力を有する中京圏を結節し、将来的には、両大都市圏を複合する新首都圏は東京圏に匹敵する質の高い人材・情報・資本を有する世界都市圏を形成していく。東京と異質な文化創造力を持つこの新首都圏は、旧首都・東京と重都構造を形成し国土のダイナミズムを生み出し、わが国の国際競争力を強化していく。

世界都市東京はニューヨークやロンドンと並ぶグローバル経済の中枢管理機能を担う20世紀型文明都市であるが、この新都を核とする世界都市圏は、アジア太平洋地域において北京・天津、ソウル・ピョンヤン、上海・南京、シンガポール、バンコク等の世界都市圏と連携し、公正なグローバル・スタンダードを創造していく新しい世界都市システムを形成し、東西文明を融合する新しい21世紀型文明を創造するとともに、東京を脱中心化して東京を頂点とする価値観を転換していくことが期待できる。(表―3参照)

 

.新都の役割(あるべき新首都像)

   21世紀のニュー・ミレニアムに入り、地球市民の一員として21世紀のグローバル社会に貢献し、世界の人々から信頼され尊敬される「わが国のあるべき国家像」を確立し、その国家像を目に見える「かたち」にしていく「新都の役割」を明確にしなくてはならない。

  新都は、アジア太平洋地域において、文明的課題の解決に貢献し「地球環境と共生し多様な文化が共鳴する」新しい21世紀型文明を創造していく極となり、わが国がアメリカと中国との間に均衡ある競争的協調関係を保ちつつアジア太平洋地域の自立と連携を推進し、近代世界システムを多元化・多極化していく、トランスナショナルな国際中枢都市である。

  また、わが国の政治文化首都として、地方分権改革をはじめ国政全般の持続的改革の推進拠点となるだけでなく、アジア太平洋地域の人々の多様で平等な交流の中で信頼感と連帯感を培い、日本の伝統文化に根差しながら、新しい日本のアイデンティティを形成しつつ、世界に開かれた公共性を創出していく新文化・文明創造都市である。

@     新しいアジア太平洋文明モデルの創造都市

21世紀のアジア太平洋の時代において、20世紀型欧米文明のパラダイムを転換し、欧米中心の価値観に偏しないグローバル・スタンダードを創出し、20世紀が積み残した文明的課題の解決に貢献し、「地球環境と共生し多様な文化が共鳴する」21世紀型文明モデルを創造していく。

 ・21世紀型文明モデルは持続可能な都市として、先端的技術が導入されるモデル都市であるが、柔軟に都市システムが構築され、不断に新しい技術が開発され更新される。

A     アジア太平洋地域の自立と連携の推進拠点

・中国や韓国等の近隣諸国が協力して食料・エネルギーの共同研究開発・管理機構を設立するとともに、通貨安定化基金をベースに地域経済圏を形成し、長期的には、分権化された中国を含むアジア共同体の形成を図っていく推進拠点となる。

・これまでの国民国家の枠組みに囚われずに、多様な国籍、民族、宗教、言語間の交流を進め、大都市問題・都市と農村の共生・産業開発と環境保全の調和等アジア太平洋諸国の共通課題の解決への貢献を図っていく。

・アジア的集団主義等のアジア的価値・伝統を再評価し脱オリエンタリズムを図り、自然共生的生活スタイル等のアジア的生活文化が体験できる。

 B多元的外交の展開の場となる国際中核都市

・アメリカと中国を含むアジア太平洋地域のグローバル・リージョナルな政治的課題を明確にし、国際平和主義と国際民主主義の原則に沿って、利害対立を調整し合意形成を図っていく多元的外交を展開していく多国間協議の場をつくる。

  ・この協議の場は地球環境保全・軍縮・人権・難民・南北格差等の国際レジームや国際フォーラムの場ともなり、多様なNGO・NPOが参加する。

C     第四の国連都市(アジア・ウノ・シティ)

・欧米先進国中心に運営されている国連システムを改革し、国連アジア太平洋本部、ユネスコ・アジア太平洋本部等の国連機関や国際司法裁判所等国際機関の誘致を図り、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンにつぐ第四の国連都市を新首都の外交ゾーンに建設する。

・国連機関や交際機関の誘致によって国際情報の集積を図るとともに、国連大学の移転等によって国際的人材の育成を図る。

・アジア太平洋地域の自立と連携に関わる国際的NGO・NPO事務局の誘致・支援する

D     国際競争力を強化する新首都圏(新しい世界都市圏)

・新都は近接する関西圏と中京圏を結節し、新首都圏となる名阪複合広域世界都市圏を形成し、東京と質的に違ったこの新首都圏と東京圏との重都構造によって国土のダイナミズムを生み出し、知識創造力を向上し国際競争力を強化していく。また、アジア太平洋地域における新しい世界都市圏となる北京・天津、ソウル・ピョンヤン、上海・南京、シンガポール、バンコク等のようなメガロポリスといえる世界都市圏と連携し公正なグローバル・スタンダードを創出していく新しい世界都市システムを形成する。

E     小さい中央政府と分権ネットワーク都市

・東京から首都機能を移転して東京を脱中心化し、新都に小さい中央政府が立地して地方分権改革によって地方自治を拡充することで、中央と地方の関係を現状の東京一極集中の縦型集権システム関係から、多極分散の横型分権ネットワーク関係に変革していく。

 ・新都に新しい双方向ネットワーク型の情報発信源が立地することで、東京中心に系列化されているマスメディアの多極化を図る。

・新首都は国土中央の三重県・滋賀県・京都府・奈良県にまたがる地域に立地することで、行政界を越えた地域連携が促進され、現状の市町村自治体が適正な人材と財源をもった規模に再編化され、府県は道州制を構成する州になる契機ともなる。

 ・東京を頂点とする社会の選択システムの分権化と「機会の平等化」の拡充を進め、官庁や企業等の社会組織間で人的交流を拡大し、社会的流動性を高めて社会全体の民主化と活性化を図っていく。

F     多文化交流・祝祭都市

・新都は多様な国際機関や施設が立地し、多国籍・多民族の人々が生活し、多様な文化が交流・融合し高度な知識を生み出される都市であり、国籍や民族にとらわれずに個人の才能が十分に発揮できる夢舞台である。

・新都はわが国をはじめ、アジア太平洋地域の多様な芸術・文化を楽しく体験でき、新しい芸術・文化を創造していくハレの舞台である。

 

おわりに

 この意見書は日本計画行政学会関西支部・新首都構想研究会の3年間にわたる研究活動の実績を踏まえ、グローバルな視点から「アジア太平洋の政治文化首都の意義と必要性」(三重・畿央新都の位置づけと役割)という論点に絞り個人としての意見をまとめたものです。

 国会におかれましては、首都機能移転問題を国民国家のまちづくり論に閉じるのではなく、世界に開かれた国家像(こころ・理念)とそれを「かたち」にしていく新しい首都機能を担う新都像について国民的議論を一層深めていかれますようお願いします。